
楚漢戦争における緊迫の舞台「鴻門之会」
命を狙われた劉邦は、その場をどう切り抜けようとしたのか
──玉製の酒用の柄杓(ひしゃく)に託した一手、「鴻門玉斗(こうもんのぎょくと)」に迫ります。
玉斗とは、酒宴で用いられる玉製のひしゃくのことで、儀礼や懐柔の場面で用いられた貴重な器具です。本記事では、その意味と由来を歴史的背景とともに掘り下げます。
鴻門玉斗の意味とは?
「鴻門玉斗(こうもんのぎょくと)」とは、漢の高祖・劉邦が「鴻門之会」において、楚の覇王・項羽の重臣・范増(はんぞう)に贈った玉製の柄杓(酒を汲むためのひしゃく)を意味する四字熟語です。
この玉斗は、単なる高価な贈答品ではなく、極度の緊張状態の中で、敵意がないことを示し、相手の怒りや疑念を和らげようとした行動の一つとして記録されています。後世では、こうした場面における機転や知略を象徴する語としても語られるようになりました。
鴻門玉斗の使い方と例文
「鴻門玉斗」は、特定の歴史的場面を背景にした故事成語であり、日常語としての使用例は稀ですが、比喩的に使われることもあります。特に、緊張緩和や懐柔のための高価な贈答、またはそのような戦略的行動を指す場合に用いられます。
- 外交交渉の場で、象徴的な伝統品を手渡したあの一手は、まさに鴻門玉斗であった。
- 彼の沈着な態度と鴻門玉斗のような振る舞いが、会議の空気を一変させた。
- 不利な状況においても、鴻門玉斗に匹敵する戦略的配慮が必要だ。
鴻門玉斗の語源・由来|曾鞏『虞美人草』と『史記』を踏まえて
「鴻門玉斗」は、宋代の文人・曾鞏(そうきょう)の随筆『虞美人草』に記された逸話に由来します。背景となるのは、楚漢戦争中の有名な会見「鴻門之会」です。
劉邦は項羽より先に関中に入り、秦王子嬰(しえい)を降伏させて咸陽を制圧したことで、項羽の怒りと警戒を買っていました。
楚の重臣・范増(はんぞう)は、劉邦の将来の脅威を見抜き、繰り返し暗殺を進言します。
鴻門之会の宴席では、范増の意を受けた項荘(こうそう)が剣舞を舞い、その隙に劉邦を討とうとしましたが、項羽の叔父・項伯(こうはく)や劉邦の部下・樊噲(はんかい)の機転により未遂に終わりました。
このような殺気立つ空気の中で、劉邦は范増の怒りや疑念を少しでも和らげようとしたのか、敵意がないことを示すために玉製の酒用柄杓(玉斗)を贈ったとされています。
曾鞏はこの行為を、劉邦が場を穏便に収めようと試みた一手として描いています。
原文:
項王欲殺沛公 范増促之甚急 沛公乃贈以玉斗而退
范増怒 裂其冠書き下し文:
項王、沛公を殺さんと欲し、范増これを促すこと甚だ急なり。沛公、すなわち玉斗を贈りて退く。
范増怒りて、その冠を裂く。訳文:
項羽は劉邦を殺そうとし、范増はそれをさらに強く促した。劉邦は玉製の柄杓(玉斗)を贈ってその場を辞し、范増は激怒して自らの冠を裂いた。
結果として范増の怒りは鎮まらなかったものの、この一手は、劉邦の用心深さや懐柔的姿勢を示す行為として、後の文人たちに注目され、「鴻門玉斗」として語られるようになりました。
鴻門之会に関するその他の四字熟語リンク
この「鴻門玉斗」は、楚漢戦争における象徴的な場面──鴻門之会──に由来しています。以下に、同様の背景を持つ語句や、関係した人物にまつわる四字熟語を紹介します。
鴻門之会(こうもんのかい):劉邦が項羽によって命を狙われた鴻門之会の出来事を指す四字熟語。張良・樊噲の活躍が光る- 怒髪上指(どはつじょうし):樊噲が鴻門之会で憤怒し、命を賭して劉邦を守った逸話に由来
- 羊很狼貪(ようこんろうどん):項羽の残忍さと貪欲さを表した語句
- 衣繡夜行(いしゅうやこう):項羽が自らの行いの虚しさを語った故事
大逆無道(たいぎゃくむどう):項羽が主君の義帝を殺した無道な行為- 一諾千金(いちだくせんきん):季布の「約束を重んじる精神」を表した語句
- 雲蒸竜変(うんじょうりょうへん):雲を巻き竜と化す──彭越・魏豹の活躍を表す言葉
鴻門玉斗に類義語・対義語はあるか
「鴻門玉斗」は特定の歴史的贈答行為に由来する語句であり、一般的な四字熟語とは性質が異なります。日本語の辞書に収録された語句の中には、これに直接対応する類義語・対義語は存在しません。
鴻門玉斗の英語表記と意味
| 英語表記 | 意味(解説) |
|---|---|
| Jade ladle of Hongmen | 鴻門之会で劉邦が范増に贈った玉製の酒ひしゃく。敵意のない姿勢を示すための贈答とされる |
| Diplomatic peace offering | 緊張状態を和らげる目的で差し出される象徴的な贈り物。政治的配慮や知略を含意する |
鴻門玉斗|楚漢戦争の中で光った懐柔の一手を今に学ぶ
「鴻門玉斗」は、楚漢戦争という覇権争いの最中、劉邦が緊迫した状況で敵意がないことを示すために行った贈答行為に由来します。それは結果的に范増の怒りを鎮めるには至りませんでしたが、こうした懐柔の試みは、戦わずして勝つための知略の一端とも言えるでしょう。
現代においても、対立や緊張の中で、衝突を避けるための気配りや象徴的な行動が重要です。「鴻門玉斗」は、そのような知恵ある態度を思い起こさせる故事成語として、今も語り継がれています。
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