
楚漢戦争期、多くの英雄が歴史の舞台に現れました。その中で、民間から身を起こして劉邦に仕え、後に梁王となった彭越(ほうえつ)の出世譚は、多くの人々の胸を打ちました。その彼の姿をたたえた言葉が、今回紹介する「雲蒸竜変(うんじょうりょうへん)」です。
雲が立ちのぼり、竜が変化して天に昇るように、英傑が時機を得て飛躍するさまを表すこの四字熟語は、まさに彭越の生涯を象徴しています。
雲蒸竜変の意味
「雲蒸竜変(うんじょうりょうへん)」とは、雲が湧き立ち、竜が変化して天に昇るさまから、英雄や豪傑が好機を得て、大いに活躍することを意味する四字熟語です。
- 「雲蒸」は雲がもくもくと湧き上がるさま、
- 「竜変」は蛇が竜へと変化して天に昇るさまを指します。
このように、自然界の壮大な変化を比喩として、人物の飛躍や変化を讃える語として用いられます。
雲蒸竜変の使い方と例文
この語句は、特に埋もれていた才能や人物が一気に注目され、力を発揮して飛躍的な活躍をする際に用いられます。また、歴史や文学の文脈でも英雄の登場や転機に重ねられて使用されることが多いです。
- 地方都市で地道に活動していた青年政治家が、全国区で評価され雲蒸竜変の勢いで一気に政界の中枢に躍り出た。
- 若手の起業家が、時代の波をつかみ雲蒸竜変の如く業界を牽引する存在となった。
- 彭越のように、時流を見極めて雲蒸竜変の機を得た者は、必ずや歴史に名を残す。
語源・由来|『史記』魏豹・彭越列伝の「太史公曰」より
「雲蒸竜変」という語句は、中国前漢時代の歴史書『史記』の「魏豹・彭越列伝」において、司馬遷が両者の栄光と悲劇を評した「太史公曰(たいしこういわく)」の中に見られる表現です。
魏豹・彭越はいずれも卑しい身分の出でありながら、劉邦の下で楚との戦いにおいて軍功を立て、それぞれ西魏王と梁王に封ぜられました。しかし、やがて劉邦に対して謀反の疑いをかけられ、いずれも処刑の憂き目に遭いました。
この変転について、司馬遷は以下のように述べています。
原文:
得攝尺寸之柄,其雲蒸龍變,欲有所會其度。以故幽囚而不辭云。書き下し文:
尺寸(せきすん)の柄(へい)を攝(も)つを得ば、其の雲のごとく蒸し、龍のごとく変じ、其の度(ど)に会(あ)う所有らんと欲す。故をもって幽囚(ゆうしゅう)せられても辞(じ)せざると云う。訳文:
わずかな権力を手にすることができれば、雲のように湧き立ち、龍のように姿を変えて、己の思い描く理想の境地に至ることを望む。それゆえに捕らえられても命を惜しまなかったのである。
ここでの「雲蒸竜変」は、野心ある者が権力を得ることで突如として変貌し、己の野望を果たそうとするさまを表したものです。単に「出世」や「活躍」ではなく、その裏にある人間の欲望や運命の皮肉をも含んだ含蓄ある表現として記されています。
したがってこの熟語は、彭越らの飛躍だけでなく、その没落をも含んだ警句的な意味合いも含んでいると言えるでしょう。
彭越にまつわるその他の故事成語
楚漢戦争の時代には、彭越をはじめ多くの功臣たちが時勢に翻弄されながらも、各々の知略と信念で活躍しました。以下に紹介する四字熟語は、彼らの栄光と悲劇、人間模様を映し出す故事に由来しています。
発縦指示(はっしょうしじ)|「采配こそ最大の功」──戦場での武功より、兵を動かし将を指名した蕭何の功を劉邦が称えた論功行賞の場面に由来。- 沙中偶語(さちゅうのぐうご)|「不満は砂地に渦巻く」──功績配分への不満が広がる中、張良が劉邦に進言した“公平さ”の重要性を物語る語。
一諾千金(いちだくせんきん)|「一言は千金に値す」──楚の名士・季布の信義を讃えた故事で、約束を守ることの重みを今に伝える成語。- 狡兎良狗(こうとりょうく)|「用済みの英雄に容赦なし」──韓信や彭越の末路に重なる、目的達成後に排除される非情な現実を象徴する語。
- 一飯千金(いっぱんせんきん)|「一飯の恩に報いる」──若き韓信が受けた施しに報いた姿から生まれた、報恩の美徳を伝える語。
雲蒸竜変の類義語・対義語
類義語
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| 雲蒸竜騰(うんじょうりゅうとう) | 雲が立ちのぼり、竜が天に舞い上がるように勢いよく発展すること |
| 竜驤虎視(りょうじょうこし) | 竜のように進み、虎のように睨む──堂々たる威容を備えた英傑の姿 |
| 竜攘虎搏(りょうじょうこはく) | 竜がうねり虎が飛びかかるように、勇猛果敢に戦うさま |
対義語
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| 栄枯盛衰(えいこせいすい) | 栄える時もあれば衰える時もある、世の移り変わりの無常さ |
| 雲泥之差(うんでいのさ) | 雲と泥ほども違う、実力や境遇の大きな差を表す比喩 |
雲蒸竜変の英語表記と意味
| 英語表記 | 意味 |
|---|---|
| Sudden rise to greatness | 突然の飛躍的な成功 |
| Soaring like clouds and dragons | 雲や竜のように天へ舞い上がる躍進 |
雲蒸竜変の意味と由来を通じて、時を得て飛躍する人物像を描く
「雲蒸竜変」は、まさに彭越のように、時の流れと自身の才覚を活かして一気に地位を高める人物の姿を象徴する語です。歴史を学ぶと、こうした瞬間は偶然のようでいて必然でもあり、準備をしていた者にこそ訪れることがわかります。
この語を通じて、現代に生きる私たちも、自身の飛躍の時機を逃さず、変化の波をつかむ重要性を感じ取ることができます。
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