群疑満腹|多くの人が疑心に満ちた状態を表す四字熟語

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信頼が揺らぎ、多くの人が疑念を抱く──そんな状況を一言で表す四字熟語が「群疑満腹(ぐんぎまんぷく)」です。

この言葉は、三国志で知られる諸葛亮が遺した文書『後出師表』に由来する、重みのある故事成語です。

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群疑満腹の意味

「群疑満腹(ぐんぎまんぷく)」とは、多くの疑いや不信の念が満ちあふれていること、または多くの人が疑念を抱いている状態を意味します。

何かに対する信頼が崩れ、不安や猜疑心が蔓延する様子を強く表現する語句です。

「群疑、腹に満つ」とも読みます。

語源・由来|なぜ「群疑満腹」と表現されたのか──諸葛亮が訴えた信義と国家の命運

「群疑満腹」は、中国三国時代の蜀の丞相・諸葛亮が著した『後出師表』に見られる表現です。この文書は、建興六年(西暦228年)、第一次北伐の敗北を受けて、諸葛亮が蜀の皇帝・劉禅に提出した二度目の上奏文です。

初の北伐では、馬謖が街亭の戦いで大敗を喫し、作戦全体も失敗に終わりました。諸葛亮はその責任を取り、馬謖を処刑し、自らも官位を返上しましたが、敗戦の衝撃は大きく、朝廷内や民衆の間には不安と疑念が広がっていました。

こうした動揺が残るなか、諸葛亮は第二次北伐を決意します。それは単なる巻き返しではなく、魏という強大な敵に対して行動を起こさなければ、蜀はやがて滅びるという危機感に基づいた決断でした。

そしてこの上奏文で彼は、戦略だけでなく、国家を治めるうえで何よりも信義こそが重要であるという信念を劉禅に対して説いています。その一節に登場するのが、以下の言葉です。

原文:
若不以信道懐之 則群疑満腹 事與心違 難以成功矣

【書き下し文】
もし信道をもってこれを懐(なつ)かしめずんば、則ち群疑満腹し、事、心と違(たが)い、成功し難し。

【訳文】
信義をもって人々を懐柔しなければ、世には疑念が満ちあふれ、物事は人の心と食い違い、成功を得るのは難しくなる。

この「群疑満腹」とは、為政者の信義が欠ければ、民衆や官僚の間に疑いが満ち、
政治も軍事も思うように機能しなくなるという、諸葛亮の統治に対する警告です。

彼は、信義に基づいた政治を行わなければ成功はあり得ず、国家の危機には信と行動の両輪が必要であると劉禅に訴えました。

「群疑満腹」という表現には、動揺した民心を引き締め、国政の信を取り戻すためには、
上に立つ者が誠実に職責を果たすことが不可欠だという、諸葛亮の政治哲学が凝縮されています。

群疑満腹の使い方と例

「群疑満腹」は、組織や集団などで信頼が崩れ、多くの人が疑念や不安を抱いている状況に対して使います。
ビジネスや政治、あるいは歴史的な文脈でも用いられ、情報が不足していたり、信用の前提が揺らいだ時に発生する心理的な状態を的確に表現します。

  • 社内で情報共有が行われず、噂ばかりが先行して群疑満腹の状態になっている。
  • 記者会見での曖昧な説明が、かえって群疑満腹を引き起こした。
  • リーダーの沈黙が長引くにつれ、部下たちは群疑満腹に陥っていった。
  • 歴史上、多くの政変は群疑満腹の空気の中で勃発している。

諸葛亮に関連する四字熟語

諸葛亮(しょかつりょう)は、三国志に登場する蜀の名軍師であり、知略と誠実さをもって国家の再興に尽力しました。彼にまつわる数々の逸話から、多くの四字熟語が生まれています。

群疑満腹の類義語・対義語

類義語

語句 意味
疑心暗鬼(ぎしんあんき) 些細なことも疑わしく感じること
狐疑逡巡(こぎしゅんじゅん) 疑って決断できず、ぐずぐずすること

対義語

語句 意味
公明正大(こうめいせいだい) 公平で私心がなく、堂々としていること。疑念を生まない態度
一心同体(いっしんどうたい) 疑いなく心を一つにして結ばれていること

群疑満腹の英語表記と意味

英語表記 意味
Full of collective suspicion 集団全体が疑念に満ちている状態

群疑満腹のまとめ|不信と猜疑の広がりを示す言葉

群疑満腹は、現代社会でも見られる不信感の蔓延や疑心暗鬼の状況を象徴する表現です。

その語源は名軍師・諸葛亮の『後出師表』にあり、人間関係や組織内の心理状態を鋭く捉えた言葉として、歴史的にも価値ある成語といえるでしょう。

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