
現代でもなお人々の心を打つ三国志。その物語の冒頭を飾る名場面が「桃園結義(とうえんけつぎ)」です。
劉備・関羽・張飛の三人が桃の花咲く園で義兄弟の契りを交わしたこの場面は、義を重んじる中国文化の象徴的エピソードでもあります。
「桃園結義」の意味
桃園結義(とうえんけつぎ)とは、志を同じくする者同士が義兄弟の契りを結ぶこと、または固い絆で結ばれた兄弟のような関係を指します。
転じて、血縁を超えて深く結ばれた友情や仲間意識を称える言葉としても使われます。
「桃園結義」の使い方と例文
- 彼ら三人はまるで桃園結義のような関係で、どんな困難にも一緒に立ち向かってきた。
- 起業当初からの仲間とは、桃園結義のごとき信頼関係が築かれている。
語源・由来|乱世に立ち上がった三人の誓い
「桃園結義」という四字熟語は、中国の明代に成立した歴史小説『三国志演義』第一回に登場する有名な場面に由来します。
時は後漢末期。宦官の専横によって政治は乱れ、各地で貧困と飢餓が広がっていました。その混乱の中、張角が起こした宗教的反乱「黄巾の乱」が勃発し、天下は大いに乱れます。
この世の乱れを憂い、自ら義勇軍として立ち上がろうとしたのが、劉備・関羽・張飛の三人でした。彼らは志を同じくし、張飛の家の裏にある桃の園に集まり、義兄弟の契りを結びます。この場面が、後に「桃園結義」と称されるようになりました。
以下は『三国志演義』に描かれたその誓いの場面の原文と書き下し、現代語訳です。
原文:
吾三人結為兄弟 合心協力 救困扶危
上報國家 下安黎庶
不求同年同月同日生 願同年同月同日死
皇天后土 實鑒此心
背義忘恩 天人共戮書き下し文:
吾れら三人、兄弟の契りを結び、心を合わせ協力し、困しみを救い、危うきを扶けん。
上は国家に報い、下は民を安んぜん。
同年同月同日に生まれんことは求めず、ただ同年同月同日に死なんことを願う。
皇天后土、実に此の心を鑒みよ。
義に背き恩を忘るる者は、天人共にこれを戮せん。訳文:
我ら三人は、兄弟の契りを結び、心を一つにして力を合わせ協力し、困っている人を救い、危機にある者を助ける。
上は国家に報い、下は民を安んじよう。
同じ年・同じ月・同じ日に生まれることは求めない。ただ、同じ年・同じ月・同じ日に死ぬことを願う。
天地の神よ、この誓いの心を見届けよ。
もし義に背き、恩を忘れる者があれば、天も人もともにこれを罰するであろう。
このように、「桃園結義」という言葉自体は四字熟語として原文に登場するわけではありませんが、この名場面を総称する言葉として後世に定着し、義兄弟の契りや強い絆を象徴する表現となりました。
桃園結義に関連する故事・四字熟語
「桃園結義」は三国志における劉備・関羽・張飛の義兄弟の契りに由来する言葉です。それぞれの人物に関連する四字熟語も併せてご紹介します。
「劉備」に関する四字熟語
水魚之交(すいぎょのまじわり) ─ 劉備と諸葛亮の切っても切れぬ絆- 三顧之礼(さんこのれい) ─ 劉備が三度訪れて孔明を迎えた逸話
- 髀肉之嘆(ひにくのたん)─ 劉備が抱いた無念の嘆き
- 冢中枯骨(ちょうちゅうのここつ)─ 劉備が徐州の後継者に袁術を推すも、孔融が一笑に付した言葉
「関羽」に関する四字熟語
- 孤軍奮闘(こぐんふんとう) ─ 一人で敵に立ち向かう関羽の勇姿
言笑自若(げんしょうじじゃく) ─ 苦境にあっても泰然と構える関羽の風格- 昼夜兼行 ─ 呂蒙が関羽を討つために、昼夜を問わず軍を進めたことに由来
桃園結義の類義語
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| 刎頸之交(ふんけいのまじわり) | 首を刎ねられても悔いのない親友関係 |
| 水魚之交(すいぎょのまじわり) | 水と魚のように切っても切れない密接な関係 |
桃園結義の英語表記と意味
| 英語表記 | 意味 |
|---|---|
| Oath of the Peach Garden | 桃園での義兄弟の契り |
| Brotherhood | 兄弟愛、義兄弟の関係 |
| Sworn brothers | 義兄弟 |
桃園結義のまとめ
「桃園結義」は三国志の物語の中でも特に印象的な場面であり、義や友情を語るうえで欠かせない言葉です。
現代においても、ビジネスやスポーツ、日常生活の中で、信念と絆を持って共に歩む仲間を称える際に用いることができます。人と人との関係が希薄になりがちな今だからこそ、この四字熟語に込められた「義」の精神を見直してみてはいかがでしょうか。
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