
心から誰かを待ちわびた経験はありますか?
遠くの姿を探して、首を伸ばし、思わず背伸びをしてしまう──そんな様子を、美しく気高い「鶴」の姿になぞらえた四字熟語が「鶴立企佇(かくりつきちょ)」です。
古典詩に基づいたこの言葉には、ただの「待つ」という行為を超えた、深い感情と美学が込められています。
鶴立企佇の意味
「鶴立企佇(かくりつきちょ)」とは、心の底から待ち望むことを意味します。
語句を分解すると以下のようになります:
- 鶴立(かくりつ):鶴が首を長く伸ばし、背筋を伸ばして立つ様子。
- 企(き):足のかかとを上げ、つま先で立つ動作。
- 佇(ちょ):じっと立ち止まって待つこと、あるいは物思いにふけること。
これらを合わせて、鶴が首を伸ばしつま先で立ち、何かをじっと待つ姿──すなわち、人が誰かを切に待ち望む様子を表します。「鶴企(かくき)」と略して使われることもあります。
鶴立企佇の使い方と例文
この言葉は、会いたい人や、来ることを願っている出来事をひたすら待ち望む心情を表す際に用いられます。詩的・文語的な表現であり、文学や格式ある文章で見られることが多いです。
- 旅立った兄を待ち続ける母は、門前で鶴立企佇の日々を送っていた。
- 彼女の帰還を願って、庭先に立ち尽くす彼の姿は、まさに鶴立企佇そのものであった。
- 長き戦の終わりを願う人々の心は、鶴立企佇の情に満ちていた。
鶴立企佇の語源・由来|『三国志』魏書 陳思王植伝より
この熟語の出典は『三国志』魏書陳思王植伝に記された、曹植(そうしょく)の詩「贈白馬王彪(はくばおうひょうにおくる)」です。
(「贈白馬王彪」抜粋 異母兄の曹植が曹彪に贈った詩)
原文:
翹企崑崙丘 佇立望太陽書き下し文:
翹企して崑崙丘を望み、佇立して太陽を望む。訳文:
首を長くして崑崙の山を見上げ、じっと立ち尽くして太陽の昇る方角を待ち望む。
この詩は、兄・曹丕との確執により政治の中枢から遠ざけられ、地方に幽閉されるような生活を送っていた曹植が、心を許せる唯一の弟・曹彪に向けた切なる再会の願いを綴ったものです。
そしてこの詩が生まれたのは、ある出来事がきっかけでした。黄初4年(223年)、節気の儀礼のため兄弟たちは共に朝廷に集まっていましたが、その直後に異母兄の曹彰が急死します。葬儀を終えた曹植と曹彪は、心を通わせながら共に帰郷しようとしましたが、朝廷から派遣された監国使者がこれを妨げ、両者は別々の道を通って帰国せざるを得なくなりました。
この冷酷な処分に対して強い憤りを感じた曹植は、弟・曹彪に対し友情と別離の悲しみを込めて「贈白馬王彪」を書き送りました。その詩句の中に「翹企」「佇立」の語が現れ、後に「鶴立企佇」として成句化されたのです。
ただ「再会を望む」というだけでなく、理不尽な政治的抑圧のもとで、唯一心を通わせる者に思いを託す曹植の姿が、この言葉の背景にあります。孤独と失意の中で、鶴のように気高くも切なく誰かを待ち続ける姿──それが「鶴立企佇」の本質なのです。
曹植にまつわる四字熟語と詩的逸話
「鶴立企佇」の背景となった詩「贈白馬王彪」をはじめ、曹植の生涯や詩才にまつわる故事成語は数多く存在します。以下にその四字熟語をご紹介します。
明眸皓歯(めいぼうこうし) | 曹植・甄氏をめぐる詩情豊かな描写から生まれた、美しさと哀切を讃える語- 子建八斗(しけんはっと) | 曹植(字:子建)の詩才が群を抜いていたことを表す表現。「建安の七子」の中でも特に抜きん出た才能を讃えた言葉
- 七歩之才(しちほのさい) | 曹植が七歩のうちに詩を作れと命じられ、即興で見事に応じた故事。詩才と機知を兼ね備えた逸話
煮豆燃箕(しゃとうねんき) | 七歩の詩として知られる、豆を煮るのに箕(豆殻)を燃やす詩。兄弟間の争いの哀しさを象徴する曹植の名詩- 七歩八叉(しちほはっさ) | 曹植の「七歩の才」と並び称される即興詩の技巧と詩才の豊かさを表す語。文芸の極みに至る表現
鶴立企佇の類義語・対義語
類義語
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| 延頸鶴望(えんけいかくぼう) | 首を伸ばし、鶴のように切に待ち望むこと |
| 延頸挙踵(えんけいきょしょう) | 首を伸ばし、かかとを上げて待ちわびるさま |
対義語
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| 泰然自若(たいぜんじじゃく) | 落ち着いていて物事に動じないさま |
| 無為自然(むいしぜん) | 何も作為せず自然のままに任せること |
英語での表現
| 英語表記 | 意味 |
|---|---|
| Standing like a crane, waiting earnestly | 鶴のように立って、切に待ち望む |
| Crane-like expectation | 鶴のような期待・切望 |
曹植の哀切な思いが宿る鶴立企佇の深い余韻
「鶴立企佇」は、詩的な美しさの中に、政治と情が交錯する深い歴史的背景を持つ四字熟語です。単なる「待つ」という動作ではなく、切実な感情と絶望の中での希望を象徴しています。
その由来を知ることで、この言葉に込められた想いや背景がより鮮明に浮かび上がり、文章表現にも重厚な深みを加えることができるでしょう。
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