策士策に溺れるとは?意味・語源と誤用「策士策に敗れる」も解説

誤用しやすい慣用句
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「あいつ、あまりにも策を練りすぎて、結局自分で混乱してたよ。まさに『策士策に敗れる』ってやつだね」

こんなふうに耳にしたことはありませんか?実はこの表現、微妙に間違っています。正しくは「策士策に溺れる」。本来の意味や由来を理解していないと、恥ずかしい誤用になりかねません。

この記事では、「策士策に溺れる」の正しい意味や語源、間違えやすい類似表現との違いを丁寧に解説します。

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策士策に溺れるの正しい意味と使い方

「策士策に溺れる」とは、策略に長けた人物(策士)が、あまりに策を弄しすぎた結果、かえって自分自身がその策にとらわれて失敗してしまうことを意味します。

端的に言えば、「頭を使いすぎて自滅する」といったニュアンスです。利口なはずの人物が、自分の利口さゆえに陥る皮肉な運命を表しています。

正しい使い方の例

1.ビジネスにおける失策

競合を出し抜くために複雑な価格設定をしたが、顧客に理解されず売上が激減。まさに策士策に溺れるだな。

2.政略の失敗

彼は選挙戦で裏の裏まで読んだつもりだったが、有権者の心は離れた。策士策に溺れた典型例だ。

3.恋愛の駆け引きで裏目に

駆け引き上手の彼女だったけど、相手に逃げられてしまった。策士策に溺れるとはこのこと。

本来の意味を踏まえると、「自分の策に敗れる」というより、「策に執着しすぎてバランスを失う」ことが核心です。

「策士策に溺れる」の語源とは

「策士策に溺れる」という言葉は、明確な初出文献はないものの、戦国時代や中国の兵法思想に通じる発想から来ているとされています。

策士とは、文字通り「策を巡らす者」、つまり策略を用いる知恵者のことです。そして「溺れる」は、比喩的に「それに夢中になりすぎて失敗する」ことを意味します。

この構造は、古代中国の『韓非子』や『孫子』などにも見られる「過ぎたるは及ばざるがごとし」という思想に通じます。たとえば、『韓非子』の中には次のような教訓があります:

巧詐こうさ拙誠せっせいに如かず」
(たくみに人を欺くことは、真心をもって接することに及ばない)

つまり、策略や小細工よりも本質を見誤らないことが重要であり、この精神が「策士策に溺れる」という慣用句の背景にあるのです。

なぜ「策士策に敗れる」と誤用されるのか

「策士策に敗れる」という言い回しは、実際に多くの人が口にしている誤用です。その理由は次のとおりです:

  • 「策に溺れる」という表現があまり日常的ではなく、耳慣れないため
  • 「敗れる」という言葉の方が「負けた感」が強く、意味が明瞭に思える
  • 「~に○○される」という文型に慣れており、「溺れる」より「敗れる」の方が自然に感じられる

しかし、「敗れる」は外的要因によって負けるというニュアンスが強く、自分自身の策に巻き込まれて失敗するというニュアンスを正確に伝えることができません。

したがって、正しくは「策に溺れる」が本来の形であり、意味の上でもより的確です。

まとめ:策略家こそ気をつけたい皮肉な言葉

「策士策に溺れる」とは、策略を得意とする人が、その策略に過剰に頼ったがために自滅することを意味します。

誤って「策士策に敗れる」と言ってしまう人も少なくありませんが、正しくは「溺れる」。自分の頭の良さや計略に酔いすぎると、その策が仇になることもあります。

社会人として、人を動かす立場にある方や、緻密な計画を練ることが多い方ほど、この言葉の教訓を胸に刻んでおきたいものです。

うまくいっているときほど、「策に溺れない」よう注意を――。

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