
「彼が失敗するなんて信じられないよ。だってあの人、業界でも一目置かれてるじゃない」
「うん、でも、上手の腕から水が漏れるって言うしね」
ちょっと待ってください。それ、実は誤用なんです。正しくは「上手の手から水が漏れる」が正解です。
このように、日常の会話でうっかり誤った形で使ってしまうことの多いこの慣用句。今回はその意味や語源、よくある誤用の理由まで、わかりやすく丁寧に解説します。
「上手の手から水が漏れる」の意味と使い方
「上手(じょうず)の手から水が漏れる」とは、どんなに腕の立つ人でも、ときには失敗することがあるという意味の慣用句です。
「上手」とは、技術や能力が優れている人のことを指します。「手から水が漏れる」というのは、しっかりと掴んでいたつもりでも、こぼれてしまうというたとえです。
つまり、この表現は「完璧に見える人でも、人間である以上、ミスをすることもある」ということを戒めたり、責めすぎないよう諭したりするときに使われます。
具体的な使用例
- あのベテラン営業でも契約を取りこぼしたのか。上手の手から水が漏れるってやつだな。
- このバグ、開発歴10年の彼が書いたコードだったの? まぁ、上手の手から水が漏れるって言うしね。
- 試験に落ちたと聞いて驚いたよ。あんなに勉強してたのに……でも、上手の手から水が漏れる、か。
語源|由来は「水のこぼれやすさ」から生まれた生活の知恵
「上手の手から水が漏れる」は、特定の文献や書物に起源がある慣用句ではありません。その語源は、日常生活の中で生まれた自然なたとえにあります。
水は、どれほど丁寧に手で掬(すく)っても、指のすき間から零れ落ちてしまうものです。
どんなに器用で上手な人であっても、水を完璧に手に留めておくことはできません。
このような“水の漏れやすさ=人間の失敗のしやすさ”を重ねて、「どれだけ熟練していても、完璧はありえない」という教訓が込められたのがこの慣用句です。
この発想は他のことわざにも通じます。たとえば、「弘法にも筆の誤り」や「猿も木から落ちる」なども、名人・達人であっても失敗はある、という同様の含意を持っています。
つまり、「上手の手から水が漏れる」は、日本人の生活感覚や経験に根ざした、共感性の高い成句だといえるでしょう。
なぜ「上手の腕から水が漏れる」と誤用されるのか?

この誤用にはいくつかの理由が考えられます。
- 「手」と「腕」が混同されやすい:
日常会話では「手」よりも「腕」のほうが多く使われるため、自然とそちらに置き換えられてしまう傾向があります。 - 「腕の良い職人」という言い回しとの混同:
「腕」という単語が「技術の高さ」と結びついているため、「上手=腕の良い人」と解釈し、「腕」へ置換してしまう。 - 語感の類似:
「上手の手」と「上手の腕」はリズムや響きが似ており、特に早口や聞き間違いが発生しやすい。
しかし、意味の観点からも、「水が漏れる」のは「腕」よりも「手」のほうが自然です。水を扱うのは「手」ですから、イメージの上でも「手」こそがふさわしい対象なのです。
まとめ|誰にでも失敗はある。だからこそ大切にしたい言葉
「上手の手から水が漏れる」は、どれだけ熟練していても失敗はつきものだという、非常に人間味のある言葉です。この言葉には、失敗を責めすぎず、共感と寛容を持って向き合おうという含意も込められています。
一方で、「上手の腕から水が漏れる」という誤った形が広まりつつあるのも事実。意味を正しく理解し、正しい形で使うことが、言葉を大切にする第一歩ではないでしょうか。
仕事でも人生でも、完璧な人間などいません。だからこそ、「上手の手から水が漏れる」という言葉を胸に、他人のミスにも自分のミスにも、少しだけ寛容になってみませんか。
コメント