疑心暗鬼を生じる・疑心暗鬼になるの意味と誤用「疑心暗鬼を抱く」との違い

誤用しやすい慣用句
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たとえば、会議中に上司が何度もこちらをちらちらと見る。

「もしかして、自分の提案に不満なのではないか?」
──そんなふうに考え出したら止まらなくなり、同僚のちょっとした視線や態度までもが自分への批判に思えてくる。

「疑心暗鬼を抱いた」──そう表現したくなる場面ですが、実はこれ、正確には誤用なのです。

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「疑心暗鬼を生じる・疑心暗鬼になる」の正しい意味と使い方

「疑心暗鬼(ぎしんあんき)」とは、何かを疑い始めると、実際には存在しないものまで疑わしく思えてくること、または、疑う心によって恐れを抱く状態を意味します。

この語は、通常「生じる」「なる」という動詞とともに使われ、「疑う気持ちから、不安や恐怖が広がっていく様子」を表します。

正しい使い方例

  • 部内での情報漏洩が発覚して以来、誰が漏らしたのかと疑心暗鬼を生じる者が続出した。
  • ネット上の誹謗中傷にさらされた彼は、人間関係全般に疑心暗鬼になってしまった。
  • 些細なトラブルが原因で、メンバー同士に疑心暗鬼が生じ、連携がうまくいかなくなった。

いずれも「疑う気持ちが起こり、その結果、何でもないことまで不安に思える」という心理の動きを表現しています。

語源:「疑えば暗鬼を生ず」から生まれた故事成語

「疑心暗鬼を生ず」という表現は、中国の『列子(れっし)』という古典(戦国時代)に由来します。

疑心を起こせば、暗闇の中に鬼を見てしまう──すなわち、疑えば暗鬼を生ずという故事が原型です。

『列子』の「説符篇(せっぷへん)」では、以下のような話が語られています。

ある男が友人から借りた斧をなくしてしまい、近所の少年が怪しいと感じるようになります。その結果、少年の歩き方、表情、話し方のすべてが「盗人に見える」と思い込んでしまう。しかし、後になって斧が見つかると、少年の行動がまったく普通に見えた──という逸話です。

この話から、「一度疑い始めると、根拠のない恐れや不信感がどんどん膨らんでいく」様子を表す言葉として「疑心暗鬼」が生まれました。

なぜ「疑心暗鬼を抱く」と誤用されるのか?

「疑心暗鬼を抱く」という表現はしばしば見聞きしますが、これは誤用です。

この誤用が起こる主な理由には、次のような点が考えられます。

  • 「不安を抱く」「恐怖を抱く」といった、感情を「抱く」で表現する日本語の慣習に引きずられてしまう。
  • 「疑念を抱く」という表現があるため、「疑心暗鬼」にも同様に「抱く」を使ってよいと連想してしまう。
  • 音の響きとして自然に聞こえるため、違和感を覚えにくい。

しかしながら、「疑心暗鬼」という言葉自体がすでに「疑う心によって不安になる状態」を表しており、「疑心を抱く」という意味をすでに内包しているため、そこにさらに「抱く」という動詞を加えると、意味が重複してしまうのです。

たとえば、「不安を感じる感情を感じる」と言うようなもので、不自然な表現になります。

このような理由から、「疑心暗鬼を抱く」は誤った使い方であり、正しくは「疑心暗鬼を生じる」「疑心暗鬼になる」など、状態の発生を表す動詞を用いるのが自然です。

まとめ:疑いの心が生む“見えない恐怖”を正しく表現しよう

「疑心暗鬼を生じる」「疑心暗鬼になる」は、疑いの気持ちが心を支配し、ありもしないことまで恐れたり不安になったりする様子を表す表現です。その語源は戦国時代の中国の故事にあり、心理の働きを巧みに描いています。

一方で、よく聞かれる「疑心暗鬼を抱く」という表現は、本来は誤りです。感情を「抱く」ことと混同して生まれた言い回しであると考えられます。

ビジネスシーンでも、繊細な人間関係の描写としてこの慣用句は使われることが多いからこそ、正しい使い方を押さえておくことが大切です。

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