邯鄲之歩とは?他人をまねて自分まで失った若者の故事

おもしろ四字熟語
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邯鄲之歩(かんたんのほ)は、他人の優れたところをむやみにまねようとして、結局は身につけられず、そればかりか自分がもともと持っていたものまで失ってしまうことを表す四字熟語です。

出典は、中国の戦国時代の思想を伝える『荘子』外篇「秋水」。物語では、名家の公孫龍(こうそんりゅう)が荘子の言説を聞いて戸惑い、魏牟(ぎぼう)に教えを請います。そこで魏牟が公孫龍を戒めるために持ち出したのが、邯鄲で歩き方を学ぼうとした寿陵の若者の故事でした。

荘子とは、戦国時代の思想家、荘子(荘周・そうしゅう)と、その後の弟子たちによってまとめられた道家の代表的な古典です。
老子の思想を受け継ぎ、人間の固定観念や世間のしがらみにとらわれず、自然のままに自由に生きる「無為自然」の思想を、多くの寓話を通して説いています。
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邯鄲之歩の意味|人のまねで「自分」まで失う

邯鄲之歩(かんたんのほ)とは、他人をむやみにまねた結果、相手の長所を身につけられないばかりか、自分本来のものまで失ってしまうことを意味します。

「邯鄲」は、戦国時代に趙(ちょう)の都であった都市の名です。

単に「まねに失敗する」というだけではありません。新しいものを得られなかったうえに、それまで自分が身につけていたものまで失ってしまうところに、この言葉の重要な意味があります。

「邯鄲学歩(かんたんがくほ)」ともいいます。また、「歩」は「あゆみ」とも読みます。

邯鄲之歩の使い方|「まねるだけ」の危うさを表す

人から学ぶこと自体を否定する言葉ではありません。相手のやり方を表面的にまねるあまり、自分に合った方法や、それまで培ってきた長所まで失ってしまうような場面に適しています。

  • 競合企業の戦略をそのまま取り入れて自社の強みまで失っては、まさに邯鄲之歩である。
  • 人気作家の文体ばかりをまねて自分らしい文章が書けなくなったのでは、邯鄲之歩になりかねない。
  • 新しい勉強法を次々と試し、これまで身につけた学習習慣まで崩してしまうのは邯鄲之歩というものだ。
  • 他社の成功例を参考にするのはよいが、無批判に模倣して邯鄲之歩に陥らないよう注意したい。

邯鄲之歩の由来|歩き方を学びに行き、這って帰った若者

邯鄲之歩の出典は、『荘子』外篇「秋水」です。

この故事は単独で語られているのではなく、魏牟(ぎぼう)が公孫龍(こうそんりゅう)を戒めるために示したたとえ話として登場します。

公孫龍は戦国時代の思想家で、名家を代表する論客として知られます。『荘子』「秋水」では、学問や弁論に通じていると自負していた公孫龍が、荘子の言説を聞いて理解の及ばないものを感じ、魏牟に教えを請います。

魏牟はまず、「井戸の中の蛙と東海の大亀の話」を語り、限られた知識では広大な世界を理解できないことを示します。そして公孫龍の知識や弁論によって荘子の境地を理解しようとすることの限界を説いたうえで、寿陵の若者の故事を語ります。

『荘子』では次のように記されています。

原文:
且子獨不聞 夫壽陵餘子之學行於邯鄲與
未得國能 又失其故行矣 直匍匐而歸耳

書き下し文:
、独りの寿陵の余子よしが、あゆみを邯鄲に学びしを聞かざるか。
だ国ののうを得ず、又たもとあゆみを失えり。匍匐ほふくして帰るのみ。

訳文:
お前は、寿陵の若者が邯鄲で歩き方を学んだ話を聞いたことがないのか。邯鄲の人々の巧みな歩き方を身につけられなかったうえに、自分がもともとしていた歩き方まで失ってしまい、とうとう這って帰ったのだ。

ここでいう「寿陵の余子」とは、寿陵の若者を指します。「余子」には、まだ成人していない若者という意味があります。また、「国能」は、ここでは邯鄲の人々が身につけていた巧みな歩き方を指します。

若者はそれを学ぼうとしましたが身につけることができず、さらに「故行」、つまり自分がもともとしていた歩き方まで失ってしまいました。最後の「匍匐而帰」は、普通に歩いて帰ることさえできなくなり、這って帰ったことを表しています。

魏牟がこの故事を語ったのは、歩き方そのものを問題にするためではありません。公孫龍が自分の知識や弁論の尺度で荘子の思想を追い求めれば、荘子の境地を理解できないばかりか、自分がそれまで身につけてきたものまで失いかねないと戒めたのです。

実際に魏牟はこの故事に続けて、「今子不去 將忘子之故 失子之業」と述べ、このまま立ち去らなければ、自分がもともと持っていたものを忘れ、自分の学業まで失うだろうと公孫龍に告げています。

この故事から、他人をむやみにまねて相手の長所を身につけられず、かえって自分本来のものまで失ってしまうことを「邯鄲之歩」と表すようになりました。

現代でも、仕事、勉強、創作、経営などで他人の成功例から学ぶことは少なくありません。しかし、表面的な方法だけをまねれば、自分に合ったやり方や、それまで培ってきた長所まで見失うことがあります。人から学びながらも、自分本来の持ち味を失わないことの大切さを伝える故事といえるでしょう。

『荘子』の故事をもっと読む|常識を揺さぶる寓話の世界

『荘子』には、身近な生き物や意外な出来事を使って、人間の知識や価値判断の限界を問い直す故事が数多く登場します。「邯鄲之歩」とあわせて読むことで、荘子が描いた世界の広がりがより見えやすくなります。

  • 坎井之蛙(かんせいのあ)『荘子』「秋水」の故事。魏牟公孫龍に、狭い井戸の中で自分の世界に満足する蛙と、広大な東海を知る大亀の話を語る。限られた知識の尺度で荘子の思想を測ろうとする公孫龍への戒めであり、「邯鄲之歩」の直前に語られる寓話
  • 蝸角之争(かかくのあらそい)『荘子』「則陽」の故事。戦争をめぐって悩む魏の恵王に、戴晋人が蝸牛の左右の角にあるという二国の争いを語る。人間には重大に見える争いも、より大きな視点から見れば小さなものにすぎないことを示す寓話
  • 甘井先竭(かんせいせんけつ)『荘子』「山木」の故事。陳・蔡の間で困窮した孔子を訪ねた大公任が、「まっすぐな木は先に伐られ、甘い水の井戸は先に涸れる」と説く。優れた才能や有用性が、かえって身を危うくすることを示した言葉
  • 河漢之言(かかんのげん)『荘子』「逍遥遊」に由来する言葉。肩吾が連叔に、接輿から聞いた藐姑射山の神人について語り、その話を「天の川のように果てしがない」と評します。常識では測れない壮大な言説を表す故事
  • 頷下之珠(がんかのしゅ)『荘子』「列御寇」の故事。宋王のもとを訪れた男が、深い淵に棲む驪龍のあごの下から千金の珠を手に入れたと語る。非常に価値のあるものを得るには、それに見合う大きな危険を伴うことを示す故事
  • 夏虫疑氷(かちゅうぎひょう)『荘子』「秋水」に由来する言葉。北海若が河伯に、夏だけを生きる虫には氷について語れないと説く。限られた時間や経験にとらわれている者には、その外にある世界を理解できないことを示す比喩

邯鄲之歩の類義語・対義語|「模倣」と「自分らしさ」から比べる

類義語

「邯鄲之歩」に最も近いのは、同じ『荘子』の故事に基づく「邯鄲学歩」です。

語句(かな) 意味
邯鄲学歩(かんたんがくほ) 「邯鄲之歩」と同じ故事に基づき、同じ意味で使われます

対義語

「邯鄲之歩」に直接対応する定型的な対義語はありませんが、他人にむやみに追随せず、自分の考えや立場を保つという点では、次の語が対照的です。

語句(かな) 意味
独立独歩(どくりつどっぽ) 他人に頼ったり左右されたりせず、自分の信ずるところに従って行動すること
独立不羈(どくりつふき) 他から束縛されず、自分の考えに従って行動すること
自主独立(じしゅどくりつ) 他人の力に頼らず、自分の力で考え、行動すること

邯鄲之歩を英語で表すと?

「邯鄲之歩」と完全に一致する英語の定型表現はありませんが、意味を伝える場合は次のように表現できます。

英語表現 意味
lose oneself by imitating others 他人をまねることで自分自身を失う
lose one’s own way by copying others 他人をまねることで自分自身のやり方を失う

まとめ|人から学ぶ前に、自分の歩き方を忘れない

邯鄲之歩は、他人をむやみにまねて相手の長所を身につけられないばかりか、自分本来のものまで失ってしまうことを表す四字熟語です。

『荘子』「秋水」では、邯鄲の歩き方を学ぼうとした寿陵の若者が、新しい歩き方を身につけられず、自分の歩き方まで失って這って帰ったという故事が語られます。魏牟はこの話を、公孫龍への戒めとして示しました。

人から学ぶことは大切ですが、表面的な模倣に終始すれば、自分の長所まで見失うことがあります。他人の優れたところを学びながらも、自分がすでに持っているものを失わないこと。「邯鄲之歩」は、その大切さを伝える故事です。

◆この記事について
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