干将莫邪とは?髪と爪を炉に投じて生まれた二振りの名剣

おもしろ四字熟語
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干将莫邪(かんしょうばくや)は、中国古代を代表する名剣として知られる「干将」と「莫邪」の二振りに由来する言葉です。

その伝説は、後漢の趙曄(ちょうよう)が著した『呉越春秋』の「闔閭内伝(こうりょないでん)」に記されています。舞台は春秋時代の呉。呉王・闔閭(こうりょ)は、剣作りの名手・干将(かんしょう)に二振りの名剣を作らせました。

しかし、集めた金鉄は炉の中で思うように溶けません。そこで干将を助けたのが、妻の莫邪(ばくや)でした。莫邪が髪と爪を炉へ投じたことで金鉄はようやく溶け、夫婦の名を冠した二振りの名剣が誕生します。

呉越春秋とは、後漢の趙曄(ちょうよう)が著した、春秋時代の呉と越の興亡を中心に描いた歴史書です。呉王闔閭(こうりょ)・夫差(ふさ)や越王勾践(こうせん)らの争いを多くの逸話を交えて描き、呉越の歴史や伝承を知るうえで重要な古典として知られています。
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干将莫邪の意味|中国古代を代表する名剣

干将莫邪(かんしょうばくや)とは、中国古代の名剣、また名剣そのものを表す言葉です。

「干将」と「莫邪」はもともと二振りの剣の名であり、干将は剣工、莫邪はその妻の名でもあります。

「莫邪」は「莫耶」「鏌鋣」などとも書きます。

干将莫邪の使い方|名剣を象徴する言葉として

「干将莫邪」は日常会話で頻繁に使われる四字熟語ではありません。中国古典や故事、刀剣について述べる際に、古代中国を代表する名剣として使われます。また、名剣や優れた剣を表す言葉として用いることもできます。

  • 古代中国の名剣を語るなら、干将莫邪の故事は欠かせない。
  • その名刀の輝きを見て、古(いにしえ)の干将莫邪を思い浮かべた。
  • 干将莫邪の伝説を調べると、剣の名だけでなく干将と莫邪という夫婦の物語に行き着く。
  • 中国の物語では、干将莫邪は名剣の代名詞として後世まで語り継がれている。

干将莫邪の語源・由来|溶けない金鉄と莫邪の決断

「干将莫邪」の由来を伝える代表的な文献が、後漢の趙曄が著した『呉越春秋』です。今回の故事は、その「闔閭内伝(こうりょないでん)第四」の闔閭元年の記事に見えます。舞台となるのは春秋時代の呉です。

呉王・闔閭は国力を整えるなかで、名剣二振りを作るよう干将に命じました。干将(かんしょう)は呉の人で、名高い剣工・欧冶子(おうやし)と同じ師に学び、剣作りに優れていたと記されています。莫邪(ばくや)は干将の妻でした。

干将は各地から良質な鉄と金属を集め、剣の鋳造に取りかかります。

原文:
干將作劍 來五山之鐵精 六合之金英
候天伺地 陰陽同光 百神臨觀 天氣下降
而金鐵之精不銷淪流
於是干將不知其由
莫耶曰「子以善為劍聞於王 使子作劍 三月不成 其有意乎」
干將曰「吾不知其理也」
莫耶曰「夫神物之化 須人而成 今夫子作劍 得無得其人而後成乎」
干將曰「昔吾師作冶 金鐵之類不銷 夫妻俱入冶爐中 然後成物
至今後世 即山作冶 麻絰葌服 然後敢鑄金於山 今吾作劍不變化者 其若斯耶」
莫耶曰「師知爍身以成物 吾何難哉」
於是干將妻乃斷髮剪爪 投於爐中 使童女童男三百人鼓橐裝炭 金鐵乃濡 遂以成劍
陽曰干將 陰曰莫耶 陽作龜文 陰作漫理

書き下し文:
干将、剣を作るに、五山の鉄精てっせい六合りくごう金英きんえいを来す。
天をうかがい地をうかがい、陰陽、光を同じくし、百神、臨観りんかんし、天気、下降す。
しかれども金鉄の精、けて淪流りんりゅうせず。
これいて干将、の由を知らず。
莫耶曰く、「、善く剣をるをもって王に聞こえ、子をして剣を作らしむるも、三月にして成らず。其れ意有るか。」
干将曰く、「われ、其の理を知らざるなり。」
莫耶曰く、「れ神物のは、人をちて成る。今、夫子、剣を作るに、其の人を得て而る後に成ること無からんや。」
干将曰く、「昔、吾が師、を作るに、金鉄の類、けず、夫妻とも冶炉やろの中に入り、然る後、物成れり。今に至るまで後世、山にきて冶を作るに、麻絰まてつ葌服かんぷくして、然る後、敢えて金を山に鋳る。今、吾、剣を作るに変化せざるは、其れくのごときか。」
莫耶曰く、「師、身をきて以て物を成すを知る。吾、何をかかたからんや。」
是に於いて干将の妻、すなわち髪を断ち爪をり、炉中に投じ、童女童男三百人をしてふいごし炭をそうらしむれば、金鉄乃ちやわらぐ。遂に以て剣を成す。
陽を干将と曰い、陰を莫耶と曰う。陽は亀文きぶんを作し、陰は漫理まんりを作す。

訳文:
干将は剣を作るため、各地から優れた鉄と金属を集めました。天の時を待ち、地の条件を見定め、陰陽が調和し、神々が見守り、天の気が降りても、金鉄は溶けて流れませんでした。干将には、その理由が分かりません。

そこで莫邪は、「あなたは剣作りに優れていることで王に知られ、剣を作るよう命じられました。それなのに三か月たっても完成しないのは、何か理由があるのでしょうか。」と尋ねました。

干将が「私にもその道理が分からない。」と答えると、莫邪はさらに、「神聖な物が姿を変えるには、人の力を必要とします。あなたが今作っている剣も、しかるべき人を得て初めて完成するのではありませんか。」と問いかけます。

すると干将は、かつて自分の師が鋳造を行ったときのことを語りました。

「昔、私の師が鋳造を行ったときも、金鉄が溶けなかった。そこで夫婦がともに炉の中へ入ると、ようやく物が完成した。それ以来、山で鋳造を行う際には、麻の喪帯と粗末な衣を身につけてから金属を鋳るようになった。私の剣ができあがらないのも、それと同じなのだろうか。」

これを聞いた莫邪は、「師が身を焼いて物を完成させたというのなら、私に何のためらいがありましょう。」と答えました。そこで干将の妻は髪を切り、爪を切って炉の中へ投じました。さらに少年少女三百人にふいごを動かさせ、炭をくべさせると、ついに金鉄が溶けました。

こうして二振りの剣が完成し、陽の剣を「干将」、陰の剣を「莫邪」と名づけました。陽の剣には亀の甲のような文様があり、陰の剣には広がる筋目のような文様がありました。

「陽曰干將 陰曰莫耶」とあるように、完成した二振りの剣は、陽を「干将」、陰を「莫邪」と名づけられました。剣工とその妻の名が、そのまま一対の名剣の名となったのです。

さらに『呉越春秋』は、この直後に「干將匿其陽 出其陰而獻之」と記しています。干将は陽の剣を隠し、陰の剣である莫邪を闔閭に献上しました。

なお、この原文で莫邪自身が炉へ身を投じたとは書かれていません。炉へ投じたのは髪と爪です。干将・莫邪には後世にさまざまな伝説が加わっているため、『呉越春秋』に基づく由来とは区別して読む必要があります。

「干将莫邪」は、こうした故事に由来する二振りの名剣であり、後に名剣そのものを表す言葉として用いられるようになりました。

呉越の英雄と名剣の時代をたどる関連四字熟語

干将と莫邪の名剣が生まれた春秋時代の呉越では、闔閭や夫差、勾践、季札、范蠡ら多くの人物が歴史に名を残しました。呉越の興亡や、中国古典に描かれた優れた技にまつわる故事をあわせて読むことで、「干将莫邪」が生まれた時代や文化をさらに深く知ることができます。

  • 会稽之恥(かいけいのはじ)呉王夫差に敗れた越王勾践が、会稽山で屈辱的な和睦を受け入れたことにまつわる故事。闔閭の死後も続いた呉越抗争と、勾践が雪辱を目指すことになる大きな転機を伝える
  • 臥薪嘗胆(がしんしょうたん)呉王夫差越王勾践の長い抗争から知られる故事。敗北の屈辱を忘れず、将来の雪辱を期して苦難に耐えることを表す。闔閭の時代から続く呉越の争いをたどるうえで欠かせない言葉
  • 延陵季子(えんりょうのきし)|呉王家の公子・季札に由来する言葉。季札は諸国を歴訪し、その人物眼や礼節によって名を残した。干将莫邪の舞台となった春秋時代の呉を、政治や外交の側面から知ることができる
  • 猗頓之富(いとんのとみ)|巨万の富を築いた猗頓にまつわる言葉。富豪として知られる范蠡とも結びついて語られます。范蠡は越王勾践を支えた人物としても知られ、呉越の興亡からその後の生涯へと関心を広げられる
  • 運斤成風(うんきんせいふう)『荘子』に見える、匠石が斧を自在に操った卓越した技量の故事。名剣を作る干将の伝説とあわせて読むことで、中国古典に描かれた職人の優れた技を比較して楽しめる
  • 合従連衡(がっしょうれんこう)|春秋時代に続く戦国時代、諸国が生き残りをかけて展開した外交戦略を表す言葉。蘇秦張儀ら縦横家と結びついて知られ、呉越が争った春秋時代から戦国時代へと中国史の流れをたどることができる

干将莫邪の類義語・対義語|名剣を表す言葉との違い

類義語

「干将莫邪」と同じく、中国古代の名剣の名を並べた四字熟語に「竜淵太阿」があります。

語句(かな) 意味
竜淵太阿(りゅうえんたいあ) 中国古代の名剣「竜淵」と「太阿」のこと

対義語

「干将莫邪」は名剣を表す言葉であるため、厳密な対義語に当たる四字熟語はありません。

干将莫邪を英語で表すと?

「干将莫邪」は中国古代の名剣を表す言葉です。英語では、固有名詞をそのまま音写するのではなく、「名剣」という意味に即して次のように表現できます。

英語表記 意味
a famous sword 名高い剣、名剣
a renowned sword 名高い剣、名声のある剣

干将莫邪のまとめ|夫婦の名を宿した陽と陰の名剣

「干将莫邪」は、中国古代の名剣を表す言葉です。『呉越春秋』では、呉王・闔閭の命を受けた剣工・干将が剣を作る際、妻・莫邪が髪と爪を炉へ投じたことで金鉄が溶け、二振りの剣が完成したと伝えられています。

陽の剣を「干将」、陰の剣を「莫邪」と名づけ、夫婦の名がそのまま一対の名剣の名となりました。なお、原典で莫邪自身が炉へ身を投じたとは記されていません。後世の伝説と区別し、『呉越春秋』では「髪と爪を炉へ投じた」とされている点を押さえておきましょう。

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