「誰が五年を待てようか」趙孟の言葉から生まれた翫歳愒日|むなしく月日を過ごす戒め

おもしろ四字熟語
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翫歳愒日(がんさいかいじつ)は、何もせず怠惰に月日を過ごすことを表す四字熟語です。

出典は『春秋左氏伝』昭公元年(伝)。春秋時代、秦から晋へ出奔していた后子(こうし)が、晋の正卿であった趙孟(ちょうもう)と秦の将来について語り合った場面に由来します。

秦の行く末について話す中、趙孟は「朝夕すらどうなるか分からないのに、誰が五年も待てようか」という趣旨の言葉を口にします。これを聞いた后子は、民を治める立場にありながら日々をむなしく過ごす趙孟の姿に衰えを感じ、その死期が近いと見ました。

春秋左氏伝とは、孔子が編纂したとされる歴史書『春秋』の記事について、その背景や経緯、人物の言動などを詳しく記した歴史書です。「春秋三伝」の中でも史実や物語の記述に重点があり、諸国の政治や外交、戦争などが生き生きと描かれているため、多くの故事成語や歴史逸話の出典として知られています。
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翫歳愒日とは|何もせず怠惰に月日を過ごすこと

翫歳愒日(がんさいかいじつ)とは、何もせず、怠惰に月日を過ごすことを意味します。

「翫」と「愒」は、ともに「むさぼる」の意で、『春秋左氏伝』の注にも「翫、愒皆貪也」とあります。「歳」と「日」を重ねることで、年月や日々を無為に過ごすことを表した言葉です。

「歳(とし)を翫(むさぼ)り、日を愒(むさぼ)る」とも読みます。

翫歳愒日はどう使う?時間を浪費する姿勢への戒め

翫歳愒日は、やるべきことがありながら何もせず、日々や年月をむなしく過ごしてしまう状況に用いることができます。特に、なすべきことを先送りして時間を浪費する場合や、責任ある立場にありながら無為に日々を送る場合に適した表現です。

  • 若いうちから何の目標も持たず翫歳愒日を続けていては、貴重な時間を失ってしまう。
  • 経営環境が大きく変化しているのに、改革を先送りして翫歳愒日している余裕はない。
  • 責任ある地位に就いた以上、翫歳愒日を戒め、なすべきことに取り組まなければならない。
  • いつか始めようと思いながら翫歳愒日しているうちに、数年が過ぎてしまった。

趙孟はなぜ死を予言されたのか|翫歳愒日の語源・由来

翫歳愒日の出典は、『春秋左氏伝』昭公元年(伝)です。

物語の中心となる趙孟(ちょうもう)は、晋の正卿・趙武(ちょうぶ)です。晋を代表して諸侯の政治に関わる有力な為政者で、奪った土地を諸侯へ返して盟主としての信義を守ろうとするなど、『春秋左氏伝』には責任ある政治家としての姿が描かれています。

しかし、この故事のころの趙孟には、すでに著しい衰えが見られていました。前年には魯の穆叔から、まだ五十歳にもならないのに八、九十歳の老人のような話し方をすると評され、死期が近いと見られています。昭公元年にも、周の劉定公との会話で先のことを考えようとしない発言をし、ここでも長くは生きられないと予見されていました。

その趙孟のもとを訪れたのが、秦から晋へ出奔していた后子(こうし)こと公子鍼(しん)です。后子は秦の桓公の子で、景公の同母弟でした。父の桓公から厚く寵愛され、景公のもとでも君主が二人いるかのような強い権勢を持っていました。そのため母から、秦にとどまれば景公から罪を問われる恐れがあると忠告され、晋へ出奔します。

晋で后子と会った趙孟は、秦へいつ戻るのか、そして秦の今後はどうなるのかと尋ねました。二人の問答は、やがて趙孟自身に残された時間へと話が移っていきます。

原文:
趙孟曰「天乎」
對曰「有焉」
趙孟曰「其幾何」
對曰「鍼聞之 國無道而年穀和熟 天贊之也 鮮不五稔」
趙孟視蔭曰「朝夕不相及 誰能待五」
后子出而告人曰「趙孟將死矣 主民 翫歲而愒日 其與幾何」

書き下し文:
趙孟曰く、「天か。」 こたえて曰く、「有り。」
趙孟曰く、「幾何いくばくぞ。」
対えて曰く、「しんこれを聞く、国、無道にして年穀ねんこく和熟わじゅくするは、天の之をたすくるなり、五稔ごじんならざることすくなし。」
趙孟、蔭を視て曰く、「朝夕、相及ばず、誰かく五を待たん。」
后子、出でて人に告げて曰く、
「趙孟、将に死せんとす。民に主として、歳をむさぼりて日をむさぼ、其れ幾何ぞ」と。

訳文:
趙孟が「秦がすぐには滅びないのは、天の助けがあるからなのか。」と尋ねると、后子は「そういうこともあります。」と答えました。

「では、それはどれほど続くのだろうか。」と趙孟がさらに尋ねると、后子はこう答えました。

「私が聞いているところでは、国が無道であるにもかかわらず穀物がよく実るのは、天がその国を助けているからだといいます。そのような状態が五年に満たずに終わることは、めったにありません。」

すると趙孟は日の陰に目をやり、「私は朝から夕方まで命があるかさえ分からない。どうして五年も待てようか。」と口にしました。

その場を退出した后子は、人にこう語りました。「趙孟は、もう長くはないだろう。民を治める立場にありながら、年月をむなしく過ごし、一日一日を安逸に送っている。あとどれほど生きられようか。」と。

后子の言葉にある「翫歲而愒日」が、翫歳愒日の直接の語源です。

「歳」は年月を指します。また、『春秋左氏伝』の注には「翫愒皆貪也」とあり、「翫」「愒」はともに「むさぼる」の意味とされています。ここから、何もせず怠惰に月日を過ごすことを表す言葉となりました。

この場面について、注釈では「趙孟意衰」とされ、趙孟の意気が衰えていたことが示されています。民を治める立場にある趙孟が「誰が五年を待てようか」と語ったため、后子はその様子から死期が近いと見たのです。

『春秋左氏伝』には、この年の冬に趙孟が亡くなったことも記されています。后子の見立ては、その年のうちに現実となりました。

翫歳愒日は、こうした故事から、何もせず怠惰に日々や年月を過ごすことを戒める言葉として伝えられています。現代でも、やるべきことを先送りし、限られた時間をむなしく費やしてしまう姿勢への戒めとして用いることができます。

春秋時代の人物と政治をさらに読む|翫歳愒日につながる故事

翫歳愒日の背景にある春秋時代は、諸侯や卿大夫の判断が国の行く末を左右した時代でした。趙孟と后子の問答とあわせて読むことで、為政者の判断や責任、危機への備えをめぐる『春秋左氏伝』の世界がより立体的に見えてきます。

  • 一薫一蕕(いっくんいちゆう)『春秋左氏伝』に見える故事。晋の献公驪姫を夫人に立てようとした際、亀卜では不吉、筮では吉と出た。献公は筮を優先すると宣言したが、卜人は「筮竹よりも亀卜の方が重んじられるべきで、香りのよい草と悪臭の草を一緒にすれば、その臭いは十年たっても消えません」と警告した
  • 安居危思(あんきょきし)『春秋左氏伝』に見える故事。晋の魏絳が、国が安定しているときにも将来の危険を考え、危険を考えれば備えを整えることができると説いた。平穏なときこそ危機を忘れず備えるという魏絳の姿勢は、日々をむなしく過ごす翫歳愒日とは対照的
  • 下陵上替(かりょうじょうたい)『春秋左氏伝』に見える故事。周の大夫・原伯魯が学問を好まないと聞いた魯の閔子馬は、それを一個人の問題ではなく、周の政治秩序が乱れていく兆しとして憂えました。「下が上をしのぎ、上が衰える」という言葉から、為政者や上に立つ者が本来の役割を失うことの危うさを伝える
  • 柯会之盟(かかいのめい)斉の桓公魯の荘公が柯で会盟した際、魯の曹沫が剣を手に桓公へ迫り、斉に奪われた土地の返還を求めた故事。桓公はいったん承諾したものの約束を破ろうとしますが、管仲の進言を受けて土地を返還した。『史記』などに伝わる斉の桓公・魯の荘公・曹沫の逸話から、目先の利益より信義を守ることの重要性を考えさせる故事
  • 禍福無門(かふくむもん)『春秋左氏伝』に見える故事。魯の公鉏が自らの境遇への不満を語った際、閔子馬は、禍福には決まった入口があるのではなく、自らの行いによって招かれると説く。現在の振る舞いがその後の結果につながる
  • 河魚腹疾(かぎょのふくしつ)『春秋左氏伝』に見える故事。楚軍が蕭を攻めた際、楚の大夫・申叔展と蕭の大夫・還無社が敵味方に分かれながら、直接救援を相談する代わりに隠語を交わした故事。申叔展の問いかけから還無社がその真意を悟り、枯れ井戸に身を隠して救出を待つという、戦場での機知と二人の信頼が印象的な逸話

翫歳愒日の類義語・対義語|「時間をむなしくする」の反対は?

類義語

翫歳愒日と完全に同じ意味ではありませんが、「何もせず日々を過ごす」という点で意味の近い表現があります。

語句(かな) 意味
無為徒食(むいとしょく) 何の仕事もせず、ただぶらぶらと日々を過ごすこと
酔生夢死(すいせいむし) 有意義なことをせず、ぼんやりと一生を過ごすこと

対義語

翫歳愒日に明確な対義語として定まった四字熟語があるわけではありませんが、「時間をむなしく過ごす」という意味に対して、努力を重ねたり、休まず物事に取り組んだりする姿勢を表す語が対照的です。

語句(かな) 意味
刻苦勉励(こっくべんれい) 苦労に耐えながら、ひたすら努力すること
昼夜兼行(ちゅうやけんこう) 昼も夜も休まず道を急ぐこと。また、昼夜の区別なく物事を続けて行うこと

翫歳愒日を英語で表すと?

翫歳愒日は「何もせず怠惰に月日を過ごす」という意味を踏まえて英訳できます。

英語表記 意味
idle away one’s days 何もせず日々をむなしく過ごす
waste one’s time 時間を浪費する
let the years slip by in idleness 怠惰なまま年月を過ぎ去らせる

「誰が五年を待てようか」|翫歳愒日が今に伝える教訓

翫歳愒日とは、何もせず怠惰に月日を過ごすことを意味する四字熟語です。『春秋左氏伝』昭公元年、晋の正卿・趙孟が「誰が五年を待てようか」と語ったのを聞いた后子は、かつて晋を支えた趙孟の衰えを感じ取り、その死期が近いと見ました。

「翫歳愒日」という言葉には、一日一日をむなしく過ごせば、それがやがて失われた歳月になるという戒めが込められています。限りある時間をむなしく費やさず、今なすべきことに向き合う。

二千年以上前の故事から生まれた翫歳愒日は、時間の大切さを今に伝える言葉です。

◆この記事について
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