
鰥寡孤独(かんかこどく)とは、老いて妻のない男、老いて夫のない女、幼くして父のない子、老いて子のない人を指し、転じて、身寄りがなく、ひとり寂しいこと。また、そのような境遇にある人を表す四字熟語です。
出典は『孟子』「梁恵王下」。戦国時代、孟子は斉の宣王に王道政治について説くなかで、周の文王が仁政を行う際、社会のなかでも特に困窮し、頼るところのない人々を優先したことを語りました。
単に「孤独な人」を並べた言葉ではありません。その由来をたどると、政治がまず誰に手を差し伸べるべきなのかという、孟子の仁政思想と深く結びついています。
鰥・寡・孤・独、それぞれが表す意味とは
鰥寡孤独(かんかこどく)とは、身寄りがなく、ひとり寂しいこと。また、そのような境遇にある人を意味します。
『孟子』では、それぞれの字を次のように説明しています。
- 「鰥」は、老いて妻のいない男性
- 「寡」は、老いて夫のいない女性
- 「孤」は、幼くして父のいない子
- 「独」は、老いて子のいない人
『孟子』はこの四者を、天下の民のなかでも困窮し、頼るところのない人々としています。
現在では、この四つの境遇だけに限定せず、広く身寄りがなく孤独な境遇にあることや、そのような人を表す言葉として用いられます。
「鰥寡孤独」はどんな場面で使う?
「鰥寡孤独」は、身寄りがなく、ひとり寂しい境遇にあることや、そのような人について述べる場合に用いられます。もともと『孟子』では、頼るところのない人々を救う政治を説く文脈で登場するため、社会福祉や救済、為政者の責任などを論じる文章にも適した表現です。単なる一時的な寂しさではなく、家族や身寄りを欠き、孤独な境遇に置かれていることを表す点が重要です。
- 戦乱によって家族を失い、鰥寡孤独の身となった人々も少なくなかった。
- 身寄りをなくした彼は、晩年を鰥寡孤独のうちに過ごした。
- 孟子は、鰥寡孤独をはじめとする頼るところのない人々を優先する仁政を説いた。
- 為政者には、鰥寡孤独を顧みる姿勢が求められる。
孟子はなぜ「最も弱い人々」を最初に挙げたのか

出典は『孟子』梁恵王下です。この言葉が登場するのは、孟子が斉の宣王に「王政」について説く場面です。
斉の宣王が「王者の政治について聞くことができるだろうか」と尋ねると、孟子はその模範として周の文王が岐を治めたときの政治を挙げました。孟子は、農地制度や官吏の俸禄、関所・市場、沢や梁(やな)、罪人の家族の扱いなどについて説明したあと、特に救済すべき四種類の人々を挙げます。
それが「鰥・寡・独・孤」です。
原文:
老而無妻曰鰥
老而無夫曰寡
老而無子曰獨
幼而無父曰孤
此四者天下之窮民而無告者
文王發政施仁必先斯四者書き下し文:
老いて妻無きを鰥と曰う。
老いて夫無きを寡と曰う。
老いて子無きを独と曰う。
幼にして父無きを孤と曰う。
此の四者は、天下の窮民にして告ぐる無き者なり。
文王、政を発し仁を施すに、必ず斯の四者を先にす。訳文:
年老いて妻のいない者を『鰥』といい、年老いて夫のいない者を『寡』といい、年老いて子のいない者を『独』といい、幼くして父のいない者を『孤』といいます。この四者は、天下の困窮した民のなかでも、頼るところのない者たちです。文王は政治を行って仁を施すときには、必ずこの四者を優先しました。

語源となるのは、「老而無妻曰鰥」「老而無夫曰寡」「老而無子曰獨」「幼而無父曰孤」という一節です。現在の四字熟語では「鰥寡孤独」と並べますが、『孟子』本文では「鰥・寡・独・孤」の順に説明されています。
さらに重要なのが、その直後の「此四者天下之窮民而無告者」という一文です。「窮民」は困窮した民、「無告」は苦境にあっても訴え、頼るところがないことを表します。
孟子は続けて、文王が「政を発し仁を施す」とき、この四者を「必ず先にした」と述べています。つまり、文王の仁政の例として、特に頼るところのない人々を優先したことが示されているのです。
宣王はこれを聞いて、「善哉、言や」と感嘆します。しかし孟子は、「王、如し之を善しとせば、則ち何為れぞ行わざる」と問い返します。よい政治だと思うのであれば、なぜ実行なさらないのか――孟子は宣王に、仁政を理念として称賛するだけでなく、実際の政治として行うことを求めました。
「鰥寡孤独」は、後世には身寄りがなく頼るところのない人を表す四字熟語となりました。その背景には、困窮したときに頼るところのない人々を優先するという、孟子が文王の政治を通して示した仁政の考えがあります。
現代の社会福祉とは制度も社会構造も異なりますが、支えを得にくい人を社会や政治がどう支えるのかという問題を考えるうえでも、示唆を与える言葉といえるでしょう。
『孟子』から広がる故事――斉の宣王と王道をめぐる言葉
『孟子』には、斉の宣王との対話をはじめ、孟子の政治思想や生き方を伝える数多くの言葉があります。「鰥寡孤独」とあわせて読むことで、孟子が理想とした王道政治や、その思想を育んだ背景がより立体的に見えてきます。
怨女曠夫(えんじょこうふ)|『孟子』梁恵王下で、孟子が斉の宣王に王道を説くなか、古公亶父の故事を引いて語った言葉。結婚できない男女がいる社会の姿を通して、民の暮らしに目を向ける政治の必要性を説く- 一遊一予(いちゆういちよ)|『孟子』梁恵王下で、孟子が斉の宣王に君主の遊楽について説いた言葉。夏の天子の巡行を表す「遊」「予」や、斉の景公と晏子の故事を通して、君主の楽しみは民を苦しめず、民と喜びをともにするものであるべきだと説く
縁木求魚(えんぼくきゅうぎょ)|『孟子』梁恵王上で、孟子が斉の宣王の望みを問いただした対話に由来。武力によって天下に覇を唱えようとすることを、木に登って魚を求めることにたとえ、目的に対して方法が根本から間違っていることを説いた- 合従連衡(がっしょうれんこう)|『史記』孟子荀卿列伝に見える戦国時代の外交戦略を表す言葉。諸国が合従・連衡によって争い、蘇秦や張儀らの策が重視された時代に、孟子は唐・虞・三代の徳を説く。戦国の現実政治と孟子の王道思想の違いが見える
軻親断機(かしんだんき)|孟子(孟軻)と孟母にまつわる教育の故事。学問を途中でやめて帰ってきた孟子に対し、孟母が織りかけの布を断ち切り、学問を途中でやめることは織物を途中で断つのと同じだと戒めた- 孟母三遷(もうぼさんせん)|『列女伝』に伝わる孟子と孟母の故事。幼い孟子が墓地では葬送、市場では商売のまねをする姿を見た孟母は、教育にふさわしい環境を求めて住まいを移した。学宮のそばで礼儀作法をまねる息子を見て、そこを住まいと定めた
枉尺直尋(おうせきちょくじん)|孟子と弟子・陳代の問答に由来する故事。陳代は「一尺を曲げて八尺を伸ばす」ように、小さな譲歩によって大きな利益を得ることを勧めますが、孟子は利益を理由として義を曲げる考えを退けた
「鰥寡孤独」に近い言葉・反対の意味をもつ言葉
類義語
「鰥寡孤独」と完全に同じ意味の語は多くありませんが、身寄りがなく頼るところのない境遇を表す語として、次のような表現があります。
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 鰥寡惸独(かんかけいどく) | 身寄りがなく頼るところのない人。「鰥寡孤独」とほぼ同義の語 |
| 天涯孤独(てんがいこどく) | 遠く異郷にひとり暮らすこと。また、身寄りがないこと |
対義語
「鰥寡孤独」に一対一で対応する一般的な対義語はありません。意味のうえで対照的な、家族が集まってむつまじく過ごす状態を表す語として、次の言葉が挙げられます。
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 一家団欒(いっかだんらん) | 家族が集まり、むつまじく楽しい時間を過ごすこと |
「鰥寡孤独」を英語で表すと?
英語では、「鰥・寡・孤・独」の四者をそのまま一語で表すより、それぞれの境遇を列挙したり、「身寄りがなく頼るところのない人々」と説明したりするのが自然です。
| 英語表現 | 意味 |
|---|---|
| widowers, widows, the childless, and orphans | 妻のない男性、夫のない女性、子のない人、孤児を列挙した表現 |
| the destitute with no one to turn to | 困窮し、頼る相手のない人々という『孟子』の文脈を意訳した表現 |
まとめ――仁政は「頼る人のない者」から始まる
鰥寡孤独とは、身寄りがなく、ひとり寂しいこと。また、そのような境遇にある人を意味する四字熟語です。『孟子』「梁恵王下」では、孟子が斉の宣王に、鰥=老いて妻のない者、寡=老いて夫のない者、独=老いて子のない者、孤=幼くして父のない者と説明しています。
孟子はこの四者を「天下の窮民にして告ぐる無き者」とし、周の文王は仁を施す際、必ず彼らを優先したと説きました。「鰥寡孤独」の由来には、頼るところのない人々をまず支えるという、孟子の仁政の考えが表れています。
当サイトでは、四字熟語や故事成語を中心に400本以上の記事を執筆しています。古代中国の史書や古典に基づく資料を確認し、意味や由来、使われた背景をできるだけ分かりやすく解説しています。
コメント