
河図洛書(かとらくしょ)とは、古代中国に伝わる二つの神秘的なもの、「河図」と「洛書」を合わせた言葉です。
後世の伝承では、河図は黄河から現れた龍馬(りょうば)が背負っていた図、洛書は洛水から現れた神亀(しんき)の背にあった文様とされ、それぞれ伏羲(ふっき)や夏(か)の禹王(うおう)と結びつけて語られてきました。
興味深いことに、孔子も『論語』の中で「河から図が現れない」と嘆いています。河図は、聖王が現れる時代を象徴する特別な瑞祥として考えられていたのです。そして『易経』繋辞(けいじ)上伝には、河から「図」が、洛から「書」が現れ、聖人がそれらに則ったと記されています。
河図洛書とは、いったい何だったのでしょうか。
原典に書かれていることと、伏羲・禹・龍馬・神亀などをめぐって後世に発展した伝承とを分けながら、その意味と由来を見ていきましょう。
河図洛書の意味とは|河と洛水から現れた「図」と「書」
河図洛書(かとらくしょ)とは、古代中国の伝説上の「河図」と「洛書」の総称です。また、転じて得ることが難しい珍しい図書のたとえとしても用いられます。
「河」は黄河、「洛」は黄河の支流である洛水を指します。
河図と洛書は、古代中国で聖王の時代に現れる瑞祥として伝えられ、後世の易学や中国思想にも大きな影響を与えました。
河図洛書の使い方|伝説上の図と珍しい図書を表す言葉
河図洛書は、日常会話で頻繁に使われる四字熟語ではありません。本来は古代中国の伝説上の「河図」と「洛書」をまとめて指す言葉であり、『易経』や易学、中国思想を論じる文脈で用いられます。
また、そこから転じて、めったに得ることのできない珍しい図書をたとえる場合にも使われます。
- 河図洛書は、中国古代の伝説や易学を考えるうえで重要な概念である。
- 伏羲や禹に結びつけられた河図洛書の伝承は、後世の易学にも大きな影響を与えた。
- 長年探し続けていたその古書は、愛書家にとって河図洛書ともいうべき得がたい一冊だった。
河図洛書の語源・由来|河から「図」、洛から「書」が現れた伝承

河図洛書の由来は、『易経(周易)』繋辞(けいじ)上伝に記された「河出図、洛出書」という言葉にあります。
ただし、河図については『論語』にも興味深い記述があります。『論語』子罕篇で、孔子は次のように嘆いています。「鳳鳥至らず、河、図を出ださず。吾已んぬるかな。」鳳凰も現れず、黄河から河図も現れない――。
孔子は、聖王の時代に現れるとされた瑞祥が現れないことを嘆いたと解されています。この「河図」が、洛水から現れたとされる「洛書」とともに語られているのが、『易経』繋辞上伝です。
原文:
是故天生神物 聖人則之
天地變化 聖人效之
天垂象 見吉凶 聖人象之
河出圖 洛出書 聖人則之書き下し文:
是の故に天、神物を生じ、聖人これに則る。
天地変化し、聖人これに效う。
天、象を垂れ、吉凶を見し、聖人これに象る。
河、図を出だし、洛、書を出だし、聖人これに則る。訳文:
だから、天が人知を超えた不思議なものを示せば、聖人はそれを手本とした。天地にさまざまな変化が起これば、それに倣い、天が吉凶を示す象を現せば、その姿を人の世の規範に取り入れた。そして、黄河から「図」が現れ、洛水から「書」が現れると、聖人はそれらを手本とした。

ここでいう「河」は黄河、「洛」は洛水のことです。黄河から現れたとされる「図」が「河図」、洛水から現れたとされる「書」が「洛書」と呼ばれ、この二つを合わせて「河図洛書」といいます。
また、その後に続く「聖人則之」の「則」は、「手本とする」「それに則る」という意味です。この一節では、以下のような形で、天地に現れるものと聖人の行為が対応しています。
- 「天が神物を生む――聖人はそれに則る」
- 「天地が変化する――聖人はそれにならう」
- 「天が象を示す――聖人はそれをかたどる」
- 「黄河が図を、洛水が書を出す――聖人はそれに則る」
つまり『繋辞上伝』では、河図洛書は単なる不思議な図や書としてではなく、天地に現れたものに聖人が則るという文脈の中で語られているのです。
後世には、河図について、伏羲(ふっき)の時代に黄河から龍馬(りょうば)が現れ、その背の文様をもとに八卦が作られたという伝承が広まりました。一方の洛書は、夏(か)の禹王(うおう)の時代に洛水から神亀(しんき)が現れ、その背の文様が『書経』洪範篇の九疇に結びつけられました。
ただし、『繋辞上伝』本文に直接記されているのは、「河出圖 洛出書 聖人則之」までです。龍馬・神亀、伏羲・禹、八卦・九疇との結びつきは、後世に発展した伝承や解釈として区別する必要があります。
このように河図洛書は、黄河から現れた「図」と洛水から現れた「書」を起源とし、後世には伏羲や禹の伝承とも結びつけられながら、易学の重要な概念として受け継がれていきました。
現代に引き寄せれば、河図洛書からは、目に見える現象の背後にある秩序や法則を読み取ろうとする姿勢を連想することもできます。
孔子にまつわる四字熟語|弟子との対話から『易』の思想まで
孔子に結びつく四字熟語には、弟子への教育、政治への戒め、学問への姿勢など、その思想と人物像を伝える言葉が数多くあります。河図洛書についても、『論語』には孔子自身が「河、図を出ださず」と嘆く言葉が残されています。また、後世には『易伝』そのものが孔子と強く結びつけて読まれてきました。そうした孔子と中国古典の世界をさらにたどってみましょう。
過庭之訓(かていのおしえ)|『論語』に見える孔子とその子・伯魚の故事にちなむ言葉。伯魚が庭を通り過ぎようとした際、孔子は『詩』を学ばなければ人と十分に語れず、『礼』を学ばなければ身を立てられないと教えた。父から子へ教えを授けることを意味する故事- 開物成務(かいぶつせいむ)|河図洛書と同じ『易経』繋辞上伝に見える言葉。人々が物事の道理を理解できるようにし、事業を成し遂げることを表す。聖人と『易』の働きを論じる『繋辞伝』の思想世界を知るうえでも興味深い言葉
確乎不抜(かっこふばつ)|『易経』乾卦に由来し孔子が説いたとされる言葉。世に隠れる「潜龍」の姿を通して、時に応じて進退しながらも、揺るがぬ志を持ち続ける人物のあり方を説いた言葉- 怪力乱神(かいりきらんしん)|出典は『論語』述而篇。孔子は「怪・力・乱・神」について語らなかった。孔子がなぜそれを語らなかったのかを伝える
割鶏牛刀(かっけいぎゅうとう)|『論語』陽貨篇に見える孔子と子游の故事。武城で礼楽による教化を実践する子游に、孔子が微笑んで「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」と語った師弟の問答- 苛政猛虎(かせいもうこ)|『礼記』檀弓下に伝わる孔子の故事に関わる言葉です。泰山のほとりで、舅・夫・子を虎に殺されながらも、その土地には苛酷な政治がないため離れないという婦人の話を聞き、孔子は弟子たちに「苛政は虎よりも猛し」と説く。民を苦しめる政治の恐ろしさを示す故事
河図洛書の類義語・対義語|「得がたい珍しい図書」に近い言葉
類義語
河図洛書には、古代中国の「河図」と「洛書」の総称という本来の意味のほか、転じて「得ることが難しい珍しい図書」という意味があります。この転じた意味では、次のような類義語があります。
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 希書(きしょ) | なかなか手に入らない珍しい書物 |
| 稀覯本(きこうぼん) | 世間に出回ることが少なく、めったに見ることのできない珍しい本 |
| 珍書(ちんしょ) | 珍しい書物。手に入りにくい本 |
| 珍本(ちんぽん) | 珍しい本。世間にあまり知られていない、手に入りにくい本 |
対義語
河図洛書には、一般的な日本語辞書に定着した対義語はありません。
河図洛書の英語表記|「得がたい珍しい図書」を英語で表すと
河図洛書には、古代中国の「河図」と「洛書」を指す本来の意味のほか、転じて「得ることが難しい珍しい図書」という意味があります。この転じた意味は、次のように表すことができます。
| 英語表記 | 意味 |
|---|---|
| a rare book | 珍しい本、希少な本 |
| a hard-to-find book | なかなか手に入らない本、入手困難な本 |
| a rare and hard-to-find book | 珍しく、手に入れることが難しい本 |
河図洛書が伝えるもの|黄河と洛水から現れた神秘の図書
河図洛書とは、古代中国の伝説上の「河図」と「洛書」の総称であり、転じて、得ることが難しい珍しい図書のたとえとしても用いられる言葉です。
『易経』繋辞上伝には、黄河から「図」が現れ、洛水から「書」が現れ、聖人がそれらに則ったと記されています。また、『論語』では孔子が「鳳鳥至らず、河、図を出ださず」と嘆いており、河図が聖王の時代に現れる瑞祥として考えられていたことがうかがえます。
後世には、河図は伏羲と龍馬、洛書は禹と神亀の伝承に結びつけられ、さらに八卦や九疇とも関連づけて語られるようになりました。
河図洛書は、黄河と洛水から現れたとされる神秘的な「図」と「書」を通して、天地に示されたものに則ろうとした古代中国の思想と、聖王をめぐる壮大な伝承を今に伝える言葉なのです。
当サイトでは、四字熟語や故事成語を中心に400本以上の記事を執筆しています。古代中国の史書や古典に基づく資料を確認し、意味や由来、使われた背景をできるだけ分かりやすく解説しています。
コメント