薪に臥した夫差、胆を嘗めた勾践――「臥薪嘗胆」に刻まれた二人の復讐

おもしろ四字熟語
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臥薪嘗胆(がしんしょうたん)は、大きな目的を成し遂げるため、苦難に耐えながら努力を重ねることを表す四字熟語です。

その背景にあるのは、中国の春秋時代末期に激しく争った呉と越、そして呉王夫差(ふさ)越王勾践(こうせん)による二つの復讐の物語です。

『十八史略』春秋戦国・呉では、父の仇を忘れまいとする夫差が薪に臥し、その夫差に敗れて会稽で屈辱を味わった勾践が、帰国後に胆を嘗めて雪辱を誓うという、立場の逆転を伴う故事として描かれています。

十八史略とは、中国・宋代末から元代初めにかけて、曾先之(そうせんし)がまとめた初学者向けの歴史書(通史)です。三皇五帝の神話・伝説時代から南宋までの18の正史(『史記』『三国志』など)を要約し、編年体(年代順)にまとめたもの。
逸話やエピソードを中心に分かりやすく書かれており、中国では子ども向けの入門書・教科書とされていました。
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臥薪嘗胆の意味|苦難に耐え、目的を遂げるまで努力する

臥薪嘗胆(がしんしょうたん)とは、仇を討ったり、目的を成し遂げたりするために、長い間苦労に耐え、努力を重ねることを意味します。

「臥薪」は薪の上に寝ること、「嘗胆」は苦い胆(きも)を嘗めることです。

単に「苦労する」という意味ではなく、復讐や将来の目的を果たすため、苦難に耐えながら長く努力を続けることを表します。

臥薪嘗胆の使い方|苦難に耐えて目標を目指す場面で

臥薪嘗胆は、困難な状況に耐えながら努力を続け、将来の成功や目的達成を目指す場面で使われます。

故事では復讐が大きな動機ですが、現代では復讐に限らず、受験、仕事、スポーツ、研究など、長い努力の末に目標達成を目指す場面で広く使われます。

  • 前回の大会での敗北を胸に、選手たちは臥薪嘗胆の日々を送り、ついに全国優勝を果たした。
  • 事業の失敗から再起するため、彼は臥薪嘗胆の思いで経営を一から立て直した。
  • 第一志望に届かなかった悔しさを忘れず、彼女は臥薪嘗胆して翌年の試験に備えた。
  • 長年の臥薪嘗胆が実り、研究チームはついに念願の成果を発表した。

臥薪嘗胆の語源・由来|夫差の「薪」と勾践の「胆」が一つの言葉になるまで

臥薪嘗胆の故事を、夫差の「臥薪」と勾践の「嘗胆」をあわせて伝えているのが、元代の曾先之(そうせんし)が編んだ『十八史略』の「春秋戦国・呉」です。物語の舞台は春秋時代末期。長江下流域では呉と越が激しく対立していました。

呉王闔廬(こうりょ)は越を攻めましたが、戦いで負傷し、その傷がもとで死去します。その後を継いだのが、息子の夫差(ふさ)でした。父を越との戦いで失った夫差は、仇を討つ決意を忘れないように自らを戒めます。『十八史略』が伝える「臥薪」の故事です。

原文:
夫差志復讎
朝夕臥薪中 出入使人呼曰
「夫差 而忘越人之殺而父邪」

書き下し文:
夫差、あだを復せんことを志す。
朝夕薪中しんちゅう、出入するに人をして呼ばしめて曰く、
「夫差、なんじは越人の而が父を殺せしを忘れたるか。」

訳文:
夫差は、父の仇を討とうと決意した。

朝夕、薪に寝て、出入りする際には人に、「夫差よ、お前は越の人間がお前の父を殺したことを忘れたのか。」と呼びかけさせた。

ここが「臥薪」の故事にあたる箇所です。

夫差は薪の上に身を横たえ、さらに人から呼びかけさせることで、父の死と越への復讐を忘れないよう自らを戒めました。そして周の敬王二十六年、夫差は越を夫椒(ふしょう)で破ります。

敗れた越王勾践は残兵とともに会稽山に立てこもり、夫差に臣従を願い出ました。呉の重臣伍子胥(ごししょ)は越を赦すことに反対しますが、越から賄賂を受けた太宰伯嚭(はくひ)が夫差を説得し、越は滅亡を免れます。

帰国した勾践は、今度は自分が受けた会稽の屈辱を忘れないよう、胆を身近に掛けて自らを戒めました。

原文:
勾践反国 懸胆於坐臥 即仰胆嘗之曰
「女忘会稽之恥邪」
挙国政属大夫種 而与范蠡治兵 事謀呉

書き下し文:
勾践、国にかえり、胆を坐臥ざがけ、すなわ胆を仰ぎてこれめて曰く、
なんじ、会稽の恥を忘れたるか。」
国政を挙げて大夫種たいふしょうに属し、しこうして范蠡はんれいと兵を治め、呉を謀るを事とす。

訳文:
勾践は国に帰ると、寝起きする場所に胆を掛け、仰ぎ見てはそれを嘗め
「お前は会稽で受けた恥を忘れたのか。」と自らに問いかけた。

そして国政を大夫の種に任せ、范蠡とともに軍備を整え、呉を攻略することに力を注いだ。

ここが「嘗胆」の故事にあたる箇所です。夫差が父の仇を忘れないために「薪」に臥したのに対し、勾践は自らの敗北と会稽の恥を忘れないために「胆」を嘗めました。

「臥薪嘗胆」は、この夫差の「臥薪」と勾践の「嘗胆」という二つの行為を結びつけた表現です。

なお、勾践が胆を嘗めた「嘗胆」の故事は『史記』「越王句践世家」にも確認できます。『史記』には、呉から赦されて帰国した勾践が自ら苦しい生活を送り、胆を身近に置き、寝起きや飲食の際にそれを嘗めて、「会稽の恥を忘れたか」と自問したことが記されています。一方、夫差が薪に臥した「臥薪」の故事は『史記』には見えず、『十八史略』では夫差の「臥薪」と勾践の「嘗胆」が一連の呉越抗争の中で記されています。

その後、勾践は范蠡や大夫種らを用いて国力を蓄えました。一方の夫差は勢力を外へ広げ、伍子胥の諫言を退けます。『十八史略』は越について「十年生聚し、十年教訓す」と記し、長い年月をかけて国力を養ったのち呉を攻めたと伝えています。呉軍は敗北を重ね、夫差は姑蘇(こそ)に追い詰められ、ついには死を迎えました。

この一連の物語では、夫差も勾践も、敗北や屈辱を忘れないために自らを戒め、それを次の行動につなげています。しかし、夫差が越を破った後に伍子胥の諫言を退けたのに対し、勾践は長い年月をかけて国力を蓄え、最終的に呉を破りました。苦難を覚えているだけでなく、その記憶を持続的な行動へ結びつけることの重さが、この故事から読み取れます。

現代では、臥薪嘗胆は復讐だけを意味する言葉ではありません。目的を達成するために長い間苦労に耐え、努力を続けることを表します。夫差の「薪」と勾践の「胆」という強烈な故事は、苦難の中でも目的を見失わず、将来を期して努力を重ねる姿を象徴するものとして現在まで伝わっています。

臥薪嘗胆から広がる中国故事|勾践・夫差と春秋戦国の人物たち

呉越の争いを中心とする春秋時代末期から戦国時代にかけては、敗北からの再起、君主への諫言、富国、外交戦略など、後世の四字熟語につながる数多くの故事が生まれました。臥薪嘗胆の背景をさらに深く知るうえで、次の故事もあわせて読むと人物や時代のつながりが見えてきます。

  • 会稽之恥(かいけいのはじ)越王勾践呉王夫差に敗れ、会稽山へ追い詰められた屈辱に由来。勾践は夫差への臣従を誓って滅亡を免れ、帰国後もこの敗戦を忘れまいと胆を嘗め続けた
  • 延陵季子(えんりょうのきし)|呉の賢人・季札の故事に由来する言葉。王位を辞退し続けた謙譲の精神と、徐君との無言の約束を守り抜いた信義の心を伝える
  • 猗頓之富(いとんのとみ)|巨万の富を築いた猗頓の名から、巨万な富を表すようになった言葉。猗頓には、越王勾践を支えた范蠡から富を築く方法を学んだとする伝承があります。呉攻略を支えた名臣としてだけではなく、後世には富を築いた人物としても語られた范蠡の別の顔へ繋がる
  • 遠交近攻(えんこうきんこう)|戦国時代、范雎秦の昭王に説いた外交戦略。遠方の国とは友好関係を結び、隣接する国を攻めることで領土を着実に広げる方策
  • 睚眥之怨(がいさいのうらみ)|秦で宰相となった范雎が、かつて自分に恩を与えた者には厚く報い、わずかな恨みに対しても報復したという『史記』の記述に結びつく言葉
  • 河魚腹疾(かぎょのふくしつ)|楚軍が蕭を攻めた際、楚の大夫・申叔展と蕭の大夫・還無社が敵味方に分かれながら、直接救援を相談する代わりに隠語を交わした故事。申叔展の問いかけから還無社がその真意を悟り、枯れ井戸に身を隠して救出を待つという、戦場での機知と二人の信頼が印象的な逸話
  • 和氏之璧(かしのへき)『韓非子』に見える故事。楚の卞和(べんか)は山中で得た玉の原石を王に献じますが「ただの石」と判断され、虚言の罪で左右の足を切られた。それでも真価を訴え続け、文王の時代になってようやく名玉と認めらる。長い苦難の末に価値が明らかになる、壮絶な故事
  • 一士諤諤(いっしがくがく)『史記』商君列伝に見える、秦で変法を進めた商鞅に対し、趙良が迎合せず率直に諫言した逸話に基づき、多数の追従より一人の正論の重みを示す語

臥薪嘗胆の類義語・対義語|「耐えて再起する」と「立ち直れない」の違い

類義語

臥薪嘗胆の類義語には、目的のために苦難を耐え忍ぶことや、復讐の機会を待つことを表す語があります。ただし、それぞれ意味の重点には違いがあります。

語句(かな) 意味
坐薪懸胆(ざしんけんたん) 目的を達成するために苦難に耐え、自らを戒めながら機会を待つこと
漆身呑炭(しっしんどんたん) 仇を討つためなら、どのような苦労もいとわないこと
堅忍不抜(けんにんふばつ) 強い意志を持ち、困難に遭っても心を動かさず耐え抜くこと
捲土重来(けんどちょうらい) 一度敗れた者が勢力を盛り返し、再び挑戦すること

対義語

臥薪嘗胆には、辞書上で一対一に対応する明確な対義語が定まっているわけではありません。意味の上で対照的な語としては、失敗や挫折から立ち直れないことを表す次のような言葉があります。

語句(かな) 意味
一蹶不振(いっけつふしん) 一度の失敗や挫折から立ち直れなくなること
再起不能(さいきふのう) 失敗や挫折などから再び立ち直ることができない状態

臥薪嘗胆を英語で表すと?|苦難に耐えて目的を果たす表現

臥薪嘗胆には、その歴史的故事を一語で完全に再現する英語表現はありません。文脈に応じて「苦難に耐える」「目的のために耐え忍ぶ」といった意味を表すのが自然です。

英語表現 意味・ニュアンス
endure hardships to achieve one’s goal 目的を達成するために苦難に耐える
persevere through hardship 苦難の中でもくじけず努力を続ける
bide one’s time for a comeback 再起の機会を待ちながら時を耐え忍ぶ

臥薪嘗胆が伝える教訓|苦難の記憶を次の行動へ変えられるか

臥薪嘗胆は、呉王夫差と越王勾践という二人の王の復讐の故事から生まれた四字熟語です。

夫差は父を失った恨みを忘れないために薪に臥し、ついに越を破りました。しかし、その夫差に敗れて会稽の恥を受けた勾践もまた、帰国すると胆を嘗め、自らの屈辱を忘れまいとします。

そして勾践は范蠡らとともに長い年月をかけて国力を蓄え、やがて立場を逆転させました。だからこそ臥薪嘗胆が表すのは、ただ苦しみに耐えることではありません。

目的を見失わず、苦難に耐えながら長く努力を続けること――夫差の「薪」と勾践の「胆」を一つにしたこの四字熟語には、将来の目的を果たすために耐え抜く人間の強い意志が刻まれています。

◆この記事について
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