
和氏之璧(かしのへき)は、世に二つとないほど珍しい宝物を意味する四字熟語です。
もともとは、中国古代の楚に伝わる名玉「和氏の璧」を指す言葉で、その由来を詳しく伝えるのが、戦国時代の思想書『韓非子』「和氏」です。
楚の卞和(べんか)は山中で玉の原石を得て王に献上しました。しかし、それはただの石と鑑定され、卞和は王を欺いた罪によって二度にわたり足を切られます。それでも卞和が訴え続けたのは、自らが受けた刑罰の重さだけではありませんでした。
「宝玉が石とされ、正しい人物が嘘つきと呼ばれること」――その悲しみこそが、『韓非子』の故事の核心です。
和氏之璧の意味とは|世に二つとないほど珍しい宝物
和氏之璧(かしのへき)とは、世に二つとないほど珍しい宝物を意味する四字熟語です。
「和氏之璧」は、中国春秋時代の楚の卞和(べんか)が発見したと伝えられる名玉を指します。「和氏」は、この玉を見いだした和氏を指し、「璧」は、古代中国で用いられた、中央に穴のある平たい円盤状の玉器です。故事では、和氏が発見したのは「璞」と呼ばれる未加工の玉の原石でした。
和氏之璧の使い方|非常に貴重なものをどう表すか
和氏之璧は、世に二つとないほど珍しく、非常に価値の高い宝物を表す言葉です。そのため、実際の宝物だけでなく、比喩的に極めて貴重なものをたたえる文脈でも用いることができます。
- その古文書は、この地域の歴史を知るうえで和氏之璧にも比すべき貴重な史料である。
- 長年行方が分からなかった名品が発見され、まさに和氏之璧のような宝として注目を集めた。
- 代々受け継がれてきたその宝物は、一族にとって和氏之璧にも勝る大切な存在である。
- この貴重な資料群は、研究者にとって和氏之璧ともいうべき価値を持っている。
和氏之璧の由来|卞和はなぜ両足を失っても宝玉を訴えたのか

和氏之璧の由来は、『韓非子』「和氏」に記された楚の和氏の故事にあります。
『韓非子』は、中国の戦国時代末期を代表する法家思想の書です。「和氏」篇では、楚の和氏が山中で得た玉の原石を王に献上したものの、その真価を認められなかった故事が語られています。
和氏がなぜ二度も重い刑罰を受け、それでも自らの訴えを曲げなかったのか。その理由を語る場面が、この故事の核心となっています。
原文:
楚人和氏得玉璞楚山中 奉而獻之厲王 厲王使玉人相之
玉人曰「石也」
王以和為誑 而刖其左足
及厲王薨 武王即位
和又奉其璞而獻之武王 武王使玉人相之
又曰「石也」
王又以和為誑 而刖其右足
武王薨 文王即位
和乃抱其璞而哭於楚山之下 三日三夜 泣盡而繼之以血
王聞之 使人問其故 曰「天下之刖者多矣 子奚哭之悲也」
和曰「吾非悲刖也 悲夫寶玉而題之以石 貞士而名之以誑 此吾所以悲也」
王乃使玉人理其璞而得寶焉 遂命曰「和氏之璧」書き下し文:
楚人の和氏、玉璞を楚山の中に得、奉げて之を厲王に献ず。厲王、玉人をして之を相せしむ。
玉人曰く、「石なり。」
王、和を以て誑くと為し、其の左足を刖る。
厲王薨ずるに及び、武王即位す。
和、又其の璞を奉げて之を武王に献ず。武王、玉人をして之を相せしむ。
又曰く、「石なり。」
王、又和を以て誑くと為し、其の右足を刖る。
武王薨じ、文王即位す。
和乃ち其の璞を抱きて楚山の下に哭し、三日三夜、泣き尽きて之に継ぐに血を以てす。
王之を聞き、人をして其の故を問わしめて、曰く、「天下の刖らるる者多し。子奚ぞ哭することの悲しきや。」
和曰く、「吾、刖らるるを悲しむに非ざるなり。悲しむは、夫の宝玉にして之に題するに石を以てし、貞士にして之を名づくるに誑を以てすることなり。此れ吾が悲しむ所以なり。」
王乃ち玉人をして其の璞を理めしめて宝を得たり。遂に命づけて「和氏之璧」と曰う。訳文:
楚の人である和氏は、楚の山中で玉の原石を見つけ、それを厲王に献上しました。厲王が玉を鑑定する者に調べさせると、その者は「これは石です」と答えました。王は和氏が自分を欺いたと判断し、その左足を切る刑に処しました。厲王が亡くなって武王が即位すると、和氏は再びその原石を武王に献上しました。しかし鑑定した者は、また「石です」と答えました。武王も和氏が自分を欺いたと考え、今度は右足を切りました。
武王が亡くなって文王が即位すると、和氏はその原石を抱き、楚山のふもとで三日三晩泣き続けました。涙が尽きると、血を流して泣きました。
王はこれを聞き、人を遣わして理由を尋ねさせました。「世の中には足を切られる刑を受けた者は大勢いる。それなのに、なぜお前はこれほどまで悲しげに泣いているのか」と。
和氏は答えました。「私は足を切られたことを悲しんでいるのではありません。悲しいのは、宝玉であるのに石とされ、正直な人間であるのに人を欺く者と呼ばれることです。これこそが、私が悲しんでいる理由なのです。」
そこで王は玉を扱う者にその原石を加工させました。すると宝玉が得られました。こうして、その宝玉は「和氏之璧」と名づけられました。

語源となる箇所は、末尾の「遂命曰『和氏之璧』」です。
和氏の璧は、和氏が二人の王から足を切られる刑を受けながらも真価を訴え続け、ついに宝玉と認められた名玉です。この壮絶な故事とともに後世に伝えられ、「和氏之璧」は現在では「世に二つとないほど珍しい宝物」という意味で用いられます。
『韓非子』がこの故事で重視しているのは、和氏が「宝玉が石とされ、貞士が人を欺く者とされた」と嘆いたことです。韓非子は、宝玉でさえその価値を認めてもらうことは難しく、まして自らが正しいと考える国の治め方を君主に理解してもらうことは、さらに難しいと説いています。
つまり、法家の思想家である韓非子にとって、和氏の璧の故事は、価値あるものや考えがあっても、それを受け入れる側に見抜く力がなければ正しく評価されないことを示す物語でもあったのです。
現代でも、優れた人物や新しい考えが、すぐには評価されないことがあります。和氏之璧の故事は、真価を見抜くことの難しさを今に伝えています。
和氏之璧とあわせて読みたい|春秋・戦国の人物と故事
和氏之璧の故事には、物や人物の真価、君主の判断、権力と人間の関係といった中国古典の重要な主題が描かれています。『韓非子』に関係する故事や、楚を舞台とする逸話をあわせて読むと、当時の人物観や政治思想がより立体的に見えてきます。
河魚腹疾(かぎょのふくしつ)|楚軍が蕭を攻めた際、楚の大夫・申叔展と蕭の大夫・還無社が敵味方に分かれながら、直接救援を相談する代わりに隠語を交わした故事。申叔展の問いかけから還無社がその真意を悟り、枯れ井戸に身を隠して救出を待つという、戦場での機知と二人の信頼が印象的な逸話- 遺簪墜屨(いしんついく)|『韓詩外伝』に見える、簪をなくして悲しむ婦人と孔子の逸話、そして『新書』に記された楚の昭王が逃走中に落とした履物を取りに戻った故事にちなむ言葉。物の値段ではなく、長く使い慣れたものへの愛着を描く
雲雨巫山(うんうふざん)|楚の懐王と巫山の神女をめぐる伝承から生まれた言葉。夢の中に現れた神女が去り際に語った「朝には雲となり、夕べには雨となる」という幻想的な物語- 唯唯諾諾(いいだくだく)|『韓非子』「八姦」に見える、君主が命じる前から「はいはい」と従い、顔色をうかがって意向に迎合する側近たちを批判した言葉。君主の判断を誤らせる臣下を警戒した韓非子の政治思想が表れている
郢書燕説(えいしょえんせつ)|『韓非子』に記された、楚の郢の人が燕の相国へ送った手紙をめぐる故事。偶然書き加えられた言葉を燕の相国がもっともらしく解釈し、政治にまで当てはめてしまいます。古い言葉や文章を自分に都合よく解釈する危うさを描き、「正しく判断すること」の難しさを考えさせる逸話- 為虎傅翼(いこふよく)|『韓非子』「難勢」で、韓非子が慎到の「勢」をめぐる議論を検討する中に現れる比喩に関係する言葉。虎に翼をつけるように、悪人に強大な権勢を与えれば害がさらに大きくなることを説く
韋弦之佩(いげんのはい)|『韓非子』「観行」に見える西門豹と董安于の逸話にちなむ言葉。性急な西門豹は柔らかな韋を、緩慢な董安于は張りつめた弦を身につけ、それぞれ自分の性質を戒めた。自らの弱点を正しく知って補おうとする二人の姿から、人物を見る眼だけでなく「自分自身を見極めること」の重要性も伝わる- 一嚬一笑(いっぴんいっしょう)|『韓非子』に見える説話に関係し、君主のわずかな表情や態度であっても軽々しく示してはならないという、為政者の慎重さを考えさせる言葉。君主の判断や態度が臣下に大きな影響を及ぼすという点で、王の判断によって二度も刑罰を受けた和氏の故事とも通じるものがあります。
和氏之璧の類義語・対義語|「貴重な宝物」を表す言葉
類義語
和氏之璧と同じく、非常に貴重な宝物を表す語句には、次のようなものがあります。
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 卞和之璧(べんかのへき) | 卞和が見いだしたと伝えられる名玉。和氏之璧と同じ宝玉を指す |
| 連城之璧(れんじょうのへき) | 多くの城と交換するほど価値のある宝玉。転じて、非常に貴重なもの |
| 隋珠和璧(ずいしゅかへき) | 隋侯の珠と和氏の璧。世にまたとない貴重な宝物 |
対義語
和氏之璧には、四字熟語として明確に対応する対義語はありません。ただし、「世に二つとないほど珍しい宝物」という意味に対して、価値のないものを表す次の語が対照的な表現として挙げられます。
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 土芥(どかい) | 土やごみ。転じて、取るに足りないもの、価値のないもの |
| 瓦礫(がれき) | 瓦や小石など。転じて、価値のないもののたとえ |
和氏之璧を英語で表すと?|名玉と「貴重な宝物」のニュアンス
和氏之璧は中国古典の故事に基づく名称なので、英語では固有名として示すか、その意味を説明する表現が適しています。
| 英語表記 | 意味 |
|---|---|
| the Jade Disc of He | 和氏の璧を固有の名玉として表す説明的な訳 |
| the jade of Bian He | 卞和の玉という人物との関係を明確にした説明的表現 |
| a priceless treasure | 非常に貴重な宝物という現代の語義を表す表現 |
和氏之璧が伝える教訓|宝玉を「石」にしないために
和氏之璧は、「世に二つとないほど珍しい宝物」を意味する言葉です。
その由来となった『韓非子』には、和氏が二人の王から足を切られる刑を受けながらも、宝玉の真価を訴え続けた壮絶な故事が記されています。和氏が悲しんだのは、自らが受けた刑罰ではなく、宝玉が「石」とされ、正直な人間が「人を欺く者」とされたことでした。
どれほど価値あるものでも、それを見抜く眼がなければ正しく評価されません。和氏之璧の故事は、物や人を表面だけで判断せず、その真価を見極めることの大切さを今に伝えています。
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