
睚眥之怨(がいさいのうらみ)は、ほんのわずかな恨みであっても忘れずに抱き続けることを意味する四字熟語です。 出典は『史記』巻七十九「范雎蔡沢列伝」。
戦国時代の秦で宰相となった范雎(はんしょ)の性格と行動を象徴する言葉として知られています。 魏で理不尽な迫害を受けた范雎は、秦で大出世を遂げた後、自らを苦しめた者たちへの復讐を果たしました。
その姿勢を司馬遷は「一飯之徳必償、睚眥之怨必報」と評し、後世に語り継がれる故事成語となりました。
睚眥之怨とは?些細な怨みさえ忘れない執着の故事成語
睚眥之怨(がいさいのうらみ)とは、ほんの些細な恨みや不快な出来事であっても深く記憶し、決して忘れないことを意味します。
「睚眥」とは、怒ってにらみつけること、または目尻をつり上げて相手を見ることを指します。 そこから「睚眥之怨」は、にらまれた程度の小さな恨みという意味になりました。
現在では、度量が狭く小さな恨みをいつまでも忘れない人物を表現する際や、執念深い復讐心を示す際に使われます。
睚眥之怨はどう使う?現代に生きる「根に持つ人」の表現
小さな屈辱や不満を長く根に持つ人や、わずかな恨みに対しても報復しようとする姿勢を表す際に用いられます。
- 彼は睚眥之怨を忘れず、何年経っても相手との確執を語り続けた。
- 些細な批判に対して過剰に反応する姿は、まさに睚眥之怨そのものである。
- 政治の世界では、睚眥之怨が大きな対立へ発展することも少なくない。
- 范雎は睚眥之怨を抱き続け、ついに魏斉への復讐を成し遂げた。
瀕死の屈辱を忘れなかった范雎―睚眥之怨が生まれた背景

出典は『史記』巻七十九「范雎蔡沢列伝」です。戦国時代末期、魏の遊説家だった范雎(はんしょ)は、魏の中大夫・須賈(しゅか)に従って斉へ赴きました。
斉の襄王(じょうおう)は范雎の弁舌を評価し、金や牛酒を贈ろうとしました。しかし須賈は、范雎が魏の内情を斉へ漏らしたために厚遇されたのだと疑い、帰国後、そのことを魏の宰相・魏斉(ぎせい)に告げます。
激怒した魏斉は范雎を打ち据え、肋骨を折り、歯を砕きました。范雎は死んだふりをして難を逃れようとしましたが、簀に巻かれて厠へ置かれ、さらに酔った賓客たちから小便をかけられるという、死にも等しい屈辱を受けます。
その後、范雎は番人に助けを求め、辛くも脱出しました。鄭安平(ていあんぺい)の助けで身を隠し、名を張禄(ちょうろく)と変えた范雎は、やがて秦へ入り、昭王(しょうおう)に登用されて宰相にまで上り詰めます。
秦で権力を得た范雎は、自分を助けてくれた者には財物を分け与えて厚く報い、一方で、自分を辱めた魏斉への怨みも決して忘れませんでした。司馬遷はその人物評として次のように記しています。
原文:
范雎於是散家財物 盡以報所嘗困戹者
一飯之德必償 睚眥之怨必報書き下し文:
范雎、是に於いて家の財物を散じ、盡く以て嘗て困戹せし所の者に報ゆ。
一飯の德も必ず償い、睚眥の怨みは必ず報ゆ。訳文:
范雎はそこで家の財物を分け与え、かつて困窮したときに自分を助けてくれた者たちへ、ことごとく恩返しをした。
一度の食事ほどの恩であっても必ず報い、ほんの些細な恨みであっても必ず報復した。
この言葉は范雎の人生そのものを表しています。 彼は貧しい頃に世話になった者へは財物を分け与えましたが、自身を死の淵へ追いやった魏斉に対しては秦王の権力を背景に執拗に追及しました。最終的に魏斉は追い詰められて自害します。
つまり「睚眥之怨」は単なる小さな恨みではなく、「受けた恩も恨みも決して忘れない」 という范雎の徹底した報恩・報復の思想を象徴する言葉なのです。
現代では否定的な意味で使われることが多いものの、戦国時代の厳しい権力闘争の中では、生き残るための執念とも評価できます。 そのため、この四字熟語には人間の恩義と復讐心の両面が刻み込まれているのです。
戦国時代を動かした策士たちの故事を読む
戦国時代の秦では、范雎をはじめ多くの策士や政治家たちが活躍しました。彼らの知略や生涯から生まれた四字熟語をあわせて読むことで、『史記』の世界がより深く理解できます。
- 遠交近攻(えんこうきんこう)
|范雎が秦の昭王へ献策した外交戦略。遠方の国と友好を結び、近隣国から攻略するという方策で、魏冉中心の旧外交路線を転換し秦の覇業を支えた故事を解説 - 一士諤諤(いっしがくがく)|秦で変法を進めた商鞅に対し、趙良が迎合せず率直に諫言した逸話に基づき、多数の追従より一人の正論の重みを示す語
烏白馬角(うはくばかく)|秦王政が人質の燕の太子丹に対し「烏の頭を白くし、馬に角を生やすことが出来るのなら帰国を許す」と無理難題を吹っかけられた故事に由来- 一字千金(いちじせんきん)|呂不韋が著した『呂氏春秋』の完成を天下に示すために掲げた「一字でも直せば千金」という宣言に由来
掩耳盗鐘(えんじとうしょう)|呂不韋編纂『呂氏春秋』に見る、鐘の音を恐れて自ら耳をふさいだ男の故事。現実から目を背け、自分をごまかす愚かさを戒める四字熟語- 延頸挙踵(えんけいきょしょう)|呂不韋編纂『呂氏春秋』に見える故事に由来。首を長く伸ばし、つま先立ちになってまで待ち望む様子から、人々が優れた君主や望ましい知らせの到来を切望することを表す言葉
- 一上一下(いちじょういちげ)|呂不韋が関わった『呂氏春秋』の思想を背景に、物事が上がれば下がり、満ちれば欠けるという変化の道理を示す語
睚眥之怨の類義語・対義語
類義語
恩を忘れず報いることや、怨みを忘れず報復することなど、恩怨を明確に返す姿勢に関係する言葉
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 一飯之徳(いっぱんのとく) | わずかな恩も忘れず報いること |
| 一飯千金(いっぱんせんきん) | 〃 |
| 報仇雪恨(ほうきゅうせっこん) | 恨みを晴らして雪辱すること |
| 恩怨分明(おんえんぶんめい) | 恩と怨みの区別を明確にすること |
対義語
恨みを忘れ寛容に接する姿勢を表す言葉
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 以徳報怨(いとくほうえん) | 徳をもって恨みに報いること |
| 寛仁大度(かんじんたいど) | 心が広く人を許すこと |
睚眥之怨を英語で表記すると
小さな恨みを忘れない姿勢を表す英語表現
| 英語表現 | 意味 |
|---|---|
| Never forget a slight | わずかな侮辱も忘れない |
| Bear a grudge over trifles | 些細なことでも恨みを抱く |
| Remember every grievance | 受けた恨みを忘れない |
睚眥之怨が語る范雎の恩義と復讐の哲学
睚眥之怨は『史記』范雎蔡沢列伝に由来する四字熟語で、わずかな恨みであっても忘れず報復することを意味します。
この言葉の背景には、魏で理不尽な迫害を受けながらも秦へ亡命し、やがて宰相にまで上り詰めた范雎の壮絶な人生がありました。司馬遷は彼を「一飯之德必償、睚眥之怨必報」と評し、受けた恩には厚く報い、受けた怨みには必ず報復する人物として描いています。
現代では執念深さや復讐心を表す否定的な意味で使われることが多い言葉ですが、その根底には恩義を決して忘れないという一面も含まれています。
睚眥之怨は、戦国時代の激しい権力闘争の中で生き抜いた范雎の価値観を今に伝える故事成語です。受けた恩を忘れず、受けた怨みも忘れないという極端な生き方は、人間の恩義と復讐心の両面について深く考えさせてくれます。
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