
誨淫誨盗(かいいんかいとう)とは、人を悪事や不正へ導くことを意味する四字熟語です。出典は『易経』繋辞(けいじ)上で、孔子の言葉として伝えられています。
もともとは「盗みや淫らな行為を直接教える」という意味ではなく、人の欲望を刺激し、悪事を招くような状況を作ることへの戒めとして語られました。
古代中国の社会秩序を重視する思想の中から生まれた教訓であり、現代社会にも通じる深い警告を含んでいます。
誨淫誨盗とは?人を悪へ導く戒めの言葉
誨淫誨盗(かいいんかいとう)とは、人に悪事や不正を教え込むこと、または人を悪い道へ誘い込むことを意味します。
「誨」は、道理を理解していない人に対して、言葉でさとし教えることを意味します。「淫」はみだらな行為や節度を失うこと、「盗」は盗みを表します。
もともとの『易経』の文脈では、戸締まりを怠ることは盗人に盗みを教えるようなものであり、なまめかしい姿は淫らな心を誘発するようなものだという意味で用いられました。
そこから転じて、他人を悪事や不道徳な行為へ導くことを指すようになりました。また本来は、犯罪や不正を誘発する原因や環境を自ら作ることへの戒めという意味も含んでいます。
誨淫誨盗はどんな場面で使う?例文で理解する
現在では、悪事への誘惑や不適切な影響を与える行為を批判する場面で用いられます。
- 違法行為を若者に勧める行為は、まさに誨淫誨盗と言える。
- 犯罪を美化するような発言は誨淫誨盗として批判された。
- 彼の発言は仲間を誨淫誨盗するものだと批判された。
- SNSで危険な遊びを広める行為は誨淫誨盗になりかねない。
「盗を招くなり」――『易経』に見る誨淫誨盗の教訓

誨淫誨盗(かいいんかいとう)の語源は、『易経』繫辞(けいじ)上第八章に見える言葉です。この章では、『易経』解卦六三の「負且乗 致寇至(荷を背負うような身分の者が馬車に乗れば、賊を招く)」という一節を取り上げ、人が自ら災いを招く原因について論じています。
その中で、盗みや不正は突然生まれるものではなく、それを誘発する状況や環境によって引き起こされることが説かれています。
原文:
子曰「作易者 其知盜乎」
易曰「負且乘 致寇至」
負也者 小人之事也 乘也者 君子之器也
小人而乘君子之器 盜思奪之矣
上慢下暴 盜思伐之矣
慢藏誨盜 冶容誨淫
易曰「負且乘 致寇至 盜之招也」書き下し文:
子曰く、「易を作る者は、其れ盗を知るか」と。
易に曰く、「負いて且つ乗るは、寇の至るを致す」と。
負うとは小人の事なり。乗るとは君子の器なり。
小人にして君子の器に乗れば、盗はこれを奪わんことを思う。
上は慢にして下は暴なれば、盗はこれを伐たんことを思う。
蔵むることを慢かにするは盗を誨え、冶なる容は淫を誨う。
易に曰く、「負いて且つ乗るは、寇の至るを致す」とは、盗を招くなり。訳文:
孔子は言った。「『易経』を作った聖人は、盗人の心理をよく理解していたのであろう。」と。『易経』には、「身分にふさわしくない者が高い地位に就れば、やがて災いを招く」とあるが、荷物を背負うのは本来身分の低い者の仕事であり、馬車に乗るのは身分の高い者の道具である。
それなのに身分の低い者が高い地位や権力を手にすれば、人々はそれを奪おうと考える。また、上に立つ者が傲慢で、下にいる者が粗暴であれば、反逆や争いを招くことになる。財物の管理をおろそかにすることは盗人に盗みを教えるようなものであり、なまめかしい姿は人の淫らな心を誘うようなものである。
つまり、「負いて且つ乗るは寇の至るを致す」とは、自ら災いを招いているということである。
ここで語られる「慢藏誨盜(財物の管理を怠れば盗みを招く)」と「冶容誨淫(なまめかしい姿は淫らな心を招く)」から、「誨盜誨淫」「誨淫誨盜」という言葉が生まれました。重要なのは、この言葉が単に「悪事を教える」という意味ではないことです。
原文の結びには「盜之招也(盗を招くなり)」とあり、災いの原因を自ら作ってしまうことへの警告として語られています。そのため誨淫誨盗には、人を悪事へ導くという意味だけでなく、「不正や災いを招く環境を作ってはならない」という教訓も込められているのです。
誨淫誨盗とあわせて読みたい孔子ゆかりの四字熟語
温良恭倹(おんりょうきょうけん)|孔子が人々から信頼を集めた理由として語られる徳目。温和・善良・恭敬・倹約という人格修養を表し、欲望を抑えて自らを律する姿勢を示す- 按兵不動(あんぺいふどう)|晋の趙簡子が衛への出兵を考えた際、衛には蘧伯玉・孔子・子貢ら徳と知恵を備えた人物がいることから、攻めても得るものより失うものが大きいと判断し、出兵を見合わせた故事に由来。目先の戦果ではなく、戦後の混乱や道義的な不利までをも見通す言葉
温柔敦厚(おんじゅうとんこう)|孔子は『詩経』の教育によって育まれる人格が「温柔敦厚」であり、穏やかで思いやり深く誠実な人柄こそが『詩経』の教えの成果であると評価した- 遺簪墜屨(いしんついく)|孔子が簪を失って悲しむ婦人に出会った話と、楚の昭王が落とした靴を惜しんだ故事に由来し、使い慣れた物への愛着を表す言葉
甕裡醯鶏(おうりけいけい)|孔子が老子との出会いによって初めて自らの視野の狭さに気づいた故事。まるで、甕の中に生じる小さな虫のようだったと自分を卑下した- 韋編三絶(いへんさんぜつ)|孔子が晩年まで学問を追究し続けた姿勢を象徴する言葉。孔子が『易経』を繰り返し読み込んだ結果、竹簡を綴じる革紐が何度も切れてしまったという逸話に由来
遠慮近憂(えんりょきんゆう)|孔子の言葉に由来し、遠い将来を考えなければ近い将来に憂いが生じることを戒める。人格修養だけでなく先見性の重要さを説く教訓- 円鑿方枘(えんさくほうぜい)|丸い鑿穴に四角いほぞ(柄)を差し込もうとしても合わない、というたとえから、物事が合わないことを意味する。孔子や孟子の理想と、春秋戦国時代の現実政治とのずれを考えるうえで興味深い語
- 一日之長(いちじつのちょう)|孔子が弟子に志を問う場面で放った言葉に由来。「ほんのわずかな年上だからといって、それを理由に遠慮する必要はない」と弟子たちの本音を促した
誨淫誨盗の類義語と対義語
類義語
他人を悪事へ導いたり、不正を助長したりする意味を持つ言葉
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 誨盗誨淫(かいとうかいいん) | 誨淫誨盗と同義 |
| 為虎傅翼(いこふよく) | 悪人に力を与え、さらに害を大きくすること |
| 教唆扇動(きょうさせんどう) | 人をそそのかして不正や犯罪へ導くこと |
対義語
人を善へ導き、徳を育てることを表す言葉
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 誨人不倦(かいじんふけん) | 熱心に人を教え導くこと |
| 温良恭倹(おんりょうきょうけん) | 徳を備えた人格者の態度 |
| 克己復礼(こっきふくれい) | 私欲を抑え、礼にかなった行動を実践すること |
誨淫誨盗を英語で表記すると
| 英語表現 | 意味 |
|---|---|
| lead others into vice | 人を悪徳へ導く |
| incite wrongdoing | 不正をそそのかす |
誨淫誨盗が教える「災いを招く原因を作らない」大切さ
誨淫誨盗は『易経』繋辞上に由来する四字熟語で、人を悪事へ導くことや、不正を誘発する原因を作ることを意味します。
出典である「慢藏誨盗 冶容誨淫」は、盗みや淫らな行為そのものを論じた言葉ではなく、人間の欲望を刺激する環境や行動が災いを招くという深い洞察を示した教えです。
問題は突然生じるのではなく、その芽は日頃の油断や不注意の中に潜んでいます。だからこそ誨淫誨盗は、他人を悪へ導かないことだけでなく、自ら災いの原因を作らないことの大切さを教える言葉として、現代にも通じる価値を持ち続けているのです。
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