
遠水近火(えんすいきんか)は、「遠くにある助けは、目の前の危機には間に合わない」という意味を持つ故事成語です。
語源は中国戦国時代の法家思想書『韓非子』説林(ぜいりん)上に見える逸話で、魯の穆公と家臣の犁鉏(りしょ)とのやり取りに由来します。
当時の魯は強国である晋や楚との関係強化を図っていました。しかし犁鉏は、遠方の大国との結び付きだけでは差し迫った危機には対応できないと警告しました。その教訓を表した言葉が「遠水不救近火(遠水は近火を救わず)」であり、後に「遠水近火」という四字熟語として用いられるようになりました。
遠水近火の意味とは?現代語でわかりやすく解説
遠水近火(えんすいきんか)とは、遠方にある援助や有力者の力は、目の前で発生している問題や危機には役立たないことを意味します。もともとは『韓非子』の「遠水不救近火(遠い水では近くの火事を消せない)」という言葉に由来します。
現在では以下のような場面で使われます。
・遠方の支援は急場には役立たないこと
・身近な協力者や備えの重要性
・現実的かつ即応可能な対策を重視すべきこと
遠水近火の使い方と例文|ビジネスや日常会話での用例
遠水近火は、遠方の支援や理論上の解決策では間に合わず、身近で現実的な対応が必要な場面で用いられます。
- 災害対応では遠水近火にならないよう、地域ごとの備蓄が重要である。
- 海外の協力企業を頼るだけでは遠水近火となり、緊急対応が難しい。
- 困ったときは遠方の知人よりも近隣住民の助けが役立つ。まさに遠水近火である。
- 本社の判断を待っていては遠水近火となるため、現場で迅速に対応した。
なぜ犁鉏は魯の穆公を諫めたのか|遠水近火の語源と由来

出典は『韓非子』巻七・説林(ぜいりん)上です。
戦国時代の魯では、穆公(ぼくこう)が公子たちを晋や楚へ仕えさせ、強国との結び付きを深めようとしていました。
しかし家臣の犁鉏(りしょ)は、この政策に懐疑的でした。なぜなら魯にとって最も現実的な脅威は隣国の斉であり、晋や楚がいくら強大でも、いざという時に迅速な援軍を期待できるとは限らなかったからです。
そこで犁鉏は、溺れた子を救うために遠い越の国から泳ぎの上手い者を呼ぶ話や、火事になってから海へ水を取りに行く話を例に挙げました。
原文:
魯穆公使衆公子或宦於晉 或宦於荊
犁鉏曰「假人於越而救溺子 越人雖善遊 子必不生矣
失火而取水於海 海水雖多
火必不滅矣 遠水不救近火也
今晉與荊雖強 而齊近 魯患其不救乎」書き下し文:
魯の穆公、衆公子をして、或いは晉に宦し、或いは荊に宦せしむ。
犁鉏曰く「人を越より仮りて溺子を救はんとせば、越人善く遊ぐと雖も、子は必ず生きじ。
火を失して水を海より取らば、海水多しと雖も、火は必ず滅えざらむ。遠水は近火を救はざればなり。
今、晉と荊とは強しと雖も、而れども齊は近し。魯、其れ救はれざらんことを患ふか」と。訳文:
魯の穆公は、公子たちを晋や楚に仕えさせることにした。
すると犁鉏はこう言った。
「もし、溺れている子どもを救うために遠い越の国から人を呼んでも、越人がどれほど泳ぎに優れていても間に合わないでしょう。火事になってから海へ水を取りに行っても、海の水がどれほど多くても火は消えません。遠くの水は近くの火を消せないからです。今、晋と楚は確かに強国です。しかし魯に最も近いのは斉です。いざ危機が起きたとき、晋や楚が間に合わず、魯は救われないのではありませんか。」
この故事から生まれたのが「遠水不救近火」という言葉であり、後に四字熟語として「遠水近火」が使われるようになりました。
現代でも、遠方の有力者や大組織に頼るだけではなく、身近な人脈や即応できる体制の重要性を示す教訓として引用されています。
韓非子が伝える現実主義の教訓
『韓非子』には、理想論ではなく現実を直視するべきだという教訓が数多く記されています。遠水近火もその代表例です。
郢書燕説(えいしょえんえつ)|「燭を高く掲げよ」と誤って書かれた郢人の手紙を読んで、燕の相国は「賢者を登用せよ」と解釈した『韓非子』の寓話に由来する故事。もっともらしい「こじつけ」を戒める言葉- 唯唯諾諾(いいだくだく)|韓非子が警戒した、思考を放棄して権力に迎合する危うい姿勢を表す語
為虎傅翼(いこふよく)|韓非子や慎到の思想に見られる故事で、悪人へ権力を与える危険性を説いた語- 一嚬一笑(いっぴんいっしょう)|『韓非子』韓の昭侯にまつわる君主統治の故事。為政者の振る舞いが国へ与える影響を示す
飲至策勲(いんしさっくん)|魯の桓公が戦勝後に宗廟へ報告し功績を記録した故事。祖先への報告と論功行賞という礼制を描く- 允文允武(いんぶんいんぶ)|魯の僖公を称えた『詩経』の言葉に由来し、文武両道の理想的な君主像を表す
遠水近火とあわせて知りたい|類義語・対義語
類義語
遠水近火と同様に、目前の問題に対して現実的な対応や事前の備えの重要性を表す言葉です。
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 遠水近渇(えんすいきんかつ) | 遠くに水があっても、目の前の渇きを癒すことはできないこと |
| 備えあれば憂いなし | 日頃から準備をしておけば非常時にも慌てずに済むこと |
| 転ばぬ先の杖 | 失敗や災難に備えて前もって用心すること |
対義語
遠水近火に完全に対応する対義語はありませんが、ここでは目前の問題への即応よりも、将来を見据えた計画や長期的な視野を重視する言葉を紹介します。
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 深謀遠慮(しんぼうえんりょ) | 将来を見据えて慎重に計画を立てること |
| 百年之計(ひゃくねんのけい) | 長期的な視野に立って物事を考えること |
| 先見之明(せんけんのめい) | 将来を見通して適切な判断を下す見識 |
遠水近火の英語表現
遠くの援助より身近な助けが重要であるという意味を表す英語表現
| 英語表現 | 意味 |
|---|---|
| Distant water will not quench a nearby fire. | 遠い水では近くの火を消せない |
| A near neighbor is better than a distant relative. | 遠い親類より近い隣人が役立つ |
遠水近火が教える「近くの備え」の重要性
遠水近火は『韓非子』説林上に由来する故事成語です。魯の穆公に対し、犁鉏は「遠水不救近火」と述べ、遠方の強国との結び付きだけでは差し迫った危機を防げないことを説きました。
どれほど大きな力であっても、必要な時に間に合わなければ意味はありません。だからこそ、身近な協力者や地域のつながり、すぐに動ける備えが重要なのです。
遠水近火は、現代の防災、経営、人間関係にも通じる『遠い期待より近い備え』の大切さを教える故事成語といえるでしょう。
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