
怨女曠夫(えんじょこうふ)とは、結婚する時期にありながら配偶者を持てない女性と男性を意味する四字熟語です。出典は『孟子』梁惠王下で、戦国時代の思想家・孟子が斉の宣王に王道政治を説いた場面に由来します。
この言葉は、単に未婚の男女を指すだけではありません。民衆が安心して家庭を築ける社会こそ善政である、という孟子の政治思想を象徴しています。
怨女曠夫の意味|配偶者を得られない男女を表す言葉
怨女曠夫(えんじょこうふ)とは、結婚するのにふさわしい年齢や状況にありながら、配偶者を持てない女性と男性を指す言葉です。
「怨女」は夫を持てず嘆く女性、「曠夫」は妻を持てず独りでいる男性を意味します。また、死別や離別によって伴侶のいない男女を含めて用いられることもあります。
『孟子』では、周の古公亶父(ここうたんぽ)が善政を行った結果、国内には夫を持てず嘆く女性も、妻を持てず独りでいる男性もいなかったと述べられています。そこから、現在では「配偶者のいない男女」や「家庭を築けない境遇にある男女」を表す語として使われます。
怨女曠夫の使い方|古典的な文章表現として用いる
主に、結婚できない男女や、配偶者を失った人々を表現する際に用いられます。現代の日常会話で使われることは少なく、古典的な文章表現や故事成語の解説で見られる語です。
- 戦乱が長く続いたため、各地に怨女曠夫が生じた。
- 古代中国では、為政者が怨女曠夫を生まない社会を理想とした。
- 民の生活が安定しなければ、怨女曠夫のない国は実現しない。
- 孟子は、怨女曠夫のいない社会こそ王道政治の一つの姿だと説いた。
なぜ孟子は怨女曠夫を語ったのか|斉の宣王への諫言

出典は『孟子』梁惠(りょうけい)王下です。戦国時代、斉の宣王は孟子に王道政治について教えを請いました。
しかし宣王には一つ気がかりがありました。それは、自分が女性を好むことでした。王は「私には欠点がある。私は女性を好むのだ」と率直に打ち明け、そんな自分でも王道政治を実現できるのかを孟子に尋ねます。
孟子はこれを否定せず、周王朝の祖先である古公亶父(ここうたんぽ)の例を挙げました。古公亶父もまた妃を深く愛していました。しかし、その愛情を自分だけの楽しみにするのではなく、民衆も家庭を築き幸福に暮らせる政治を行ったといいます。
その結果、国の中には夫を持てず嘆く女性も、妻を持てず独りでいる男性もいませんでした。孟子は、君主の欲望そのものが問題なのではなく、その幸福を民衆とも分かち合うことが重要なのだと説いたのです。
原文:
王曰「寡人有疾 寡人好色」
對曰「昔者大王好色 愛厥妃
詩云『古公亶父 來朝走馬 率西水滸 至于岐下 爰及姜女 聿來胥宇』
當是時也 內無怨女 外無曠夫 王如好色 與百姓同之 於王何有」書き下し文:
王曰く、「寡人に疾有り。寡人、色を好む」と。
對えて曰う。
「昔者、大王、色を好み、厥の妃を愛す。
詩に云う、『古公亶父、來朝して馬を走らせ、西水の滸に率い、岐下に至る。爰に姜女と及にし、聿に來たりて胥宇す』と。
是の時に當たりて、內に怨女なく、外に曠夫なし。
王、如し色を好みて、百姓と之を同じくせば、王たるに於いて何ぞあらん」と。訳文:
王が言った。「私には一つ欠点がある。私は女性を好むのだ。」孟子は答えた。
「昔、太王(古公亶父)も女性を好み、その妃を深く愛していました。『詩経』には、古公亶父が姜女とともに岐山のふもとへ移り住み、新しい住居の場所を定めたことが歌われています。その当時の国には、夫を持てず嘆く女性もおらず、妻を持てず独りでいる男性もいませんでした。王がもし女性を好むとしても、その幸福を民衆と分かち合うのであれば、王道政治を行ううえで何の支障もありません。」
孟子が伝えたかったのは、欲望そのものを否定することではありません。君主だけが豊かさや幸福を独占するのではなく、民衆も安心して結婚し、家庭を築ける社会を実現することこそが重要だと考えたのです。
「怨女曠夫」は、そうした王道政治の理想を象徴する言葉として後世に伝えられました。
孟子の思想をさらに知るための関連四字熟語
『孟子』には、民の生活を重視する思想が数多く残されています。以下の四字熟語もあわせて読むことで、怨女曠夫が生まれた思想的背景をより深く理解できます。
一遊一予(いちゆういちよ)|孟子が斉の宣王に語った政治論に由来します。斉の景公と名臣・晏嬰の故事を引きながら、君主の遊びや楽しみは、民の休養や暮らしの助けにつながってこそ意味があると説く。怨女曠夫と同じく、「君主だけの楽しみ」ではなく「民と分かち合う政治」を考えるうえで重要な言葉- 一治一乱(いっちいちらん)|孟子が弟子の公都子との対話で述べた歴史観に由来します。世の中は、すぐれた王が現れれば治まり、徳ある政治が失われれば乱れるという考えを示した語
円鑿方枘(えんさくほうぜい)|丸い穴に四角い柄を入れようとしても合わない、というたとえから、物事が合わないことを意味する。孔子や孟子の理想と、戦国時代の現実政治とのずれを考えるうえで興味深い語- 一朝之患(いっちょうのうれい)|『孟子』に見える「終身之憂」と対になる考えに由来。一時的な心配ではなく、生涯を通じて大切にすべき憂いを持つことを説く
一暴十寒(いちばくじっかん)|一日だけ温めても十日冷やせば育たない、という孟子のたとえに由来。継続の大切さを説く語- 一毛不抜(いちもうふばつ)|孟子、楊朱、墨子の思想対立を背景に、たとえ毛一本を抜くだけで天下の利益になるとしても、それすらしようとしないという極端な利己心を表した語
怨女曠夫の類義語・対義語
類義語
配偶者を持たない人、身寄りのない人、孤独な境遇を表す語として、次のような語があります。
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 鰥寡孤独(かんかこどく) | 妻のない男、夫のない女、親のない子、子のない老人など、身寄りのない人々 |
| 寡婦/寡夫(かふ) | 配偶者を失った男女。やもめ |
| 孤独無縁(こどくむえん) | 頼るべき縁者や助けがなく、ひとりであること |
対義語
家庭が円満で、人々が安定した生活を送る状態を表す語が対照的な意味を持ちます。
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 夫婦和合(ふうふわごう) | 夫婦仲がむつまじく、よく調和していること |
| 琴瑟相和(きんしつそうわ) | 夫婦仲が非常によいことのたとえ |
| 家内安全(かないあんぜん) | 家庭が平穏で、家族が無事に暮らすこと |
英語表記|怨女曠夫を英語でどう表すか
| 英語表現 | 意味 |
|---|---|
| unmarried women and men | 結婚していない女性と男性 |
| men and women without spouses | 配偶者のいない男女 |
| people unable to marry and form families | 結婚して家庭を築けない人々 |
まとめ|怨女曠夫は「民の暮らし」を見つめた孟子の言葉
怨女曠夫(えんじょこうふ)は『孟子』梁惠王下に由来する四字熟語です。孟子は斉の宣王に対し、君主の欲望をただ否定するのではなく、その豊かさや幸福を民衆にも及ぼすことが重要だと説きました。
その理想社会を象徴する言葉が「内無怨女、外無曠夫」です。今日でも、人々が安心して家庭を築ける社会の大切さを考えるうえで、示唆に富む故事成語といえるでしょう。
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