遠交近攻とは?意味・由来をわかりやすく解説|范雎が秦昭王に献策した統一戦略

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遠交近攻(えんこうきんこう)とは、遠方の国とは友好関係を結び、近隣の国を攻めるという戦略を意味する四字熟語です。出典は『史記』范雎蔡沢列伝で、戦国時代の秦の宰相・范雎(はんしょ)秦の昭王に献策した国家戦略として知られています。

当時の秦は天下統一を目指していましたが、范雎は遠方の大国と争うのではなく、まず近隣諸国を着実に併合するべきだと説きました。この進言は秦の対外戦略に大きな影響を与え、後の勢力拡大と中国統一への重要な基盤となりました。

史記とは、前漢の歴史家、司馬遷(しばせん)が編纂した、中国最初の本格的な紀伝体の歴史書です。黄帝から前漢・武帝の時代まで約3,000年の歴史を記し、多くの故事成語や歴史物語の源流となった、中国を代表する歴史書です。
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遠交近攻の意味とは?戦略思想をわかりやすく解説

遠交近攻(えんこうきんこう)とは、遠くの勢力とは友好関係を築き、近くの敵を攻撃するという外交・軍事戦略を意味します。

遠方の国とは同盟や協調関係を結び、近隣の国を一つずつ攻略して勢力を拡大する考え方です。戦国時代の秦はこの方策によって韓・魏・趙などの周辺国を圧迫し、最終的に中国統一への道を切り開きました。

現在では、政治や外交だけでなく、企業経営や組織運営においても「遠方の協力者と連携しながら身近な競争相手に対処する戦略」のたとえとして用いられます。

遠交近攻の使い方と例文|現代でも通じる戦略思考

主に外交戦略や組織運営、企業競争などにおいて、遠方との協力関係を活用しながら近隣の競争相手へ対応する場面で用いられます。

  • 彼の経営戦略は遠交近攻そのもので、海外企業と提携しながら国内市場を拡大した。
  • 戦国時代の秦は遠交近攻を実践し、天下統一への足がかりを築いた。
  • 外交政策において遠交近攻の発想が重要視される場合がある。
  • ライバル企業への対抗策として遠交近攻を応用した事業展開を行った。

范雎が示した天下統一への道|遠交近攻の語源と由来

遠交近攻の出典は『史記』巻七十九「范雎蔡沢列伝」です。

戦国時代後期、秦はすでに強国でしたが、昭王の時代には魏冉(きぜん・穰侯)が韓・魏を越えて遠方の斉を攻撃する政策を進めていました。しかし范雎(はんしょ)は、この方法では秦自身の領土が増えず、途中の諸国だけを利する結果になると考えました。

魏で迫害を受けた范雎は身分を隠して秦へ亡命し、やがて秦昭王に謁見する機会を得ます。その際に説いたのが「遠交近攻」の戦略でした。范雎は、遠方の国と無理に争うのではなく友好関係を結び、隣接する韓・魏から順に攻略すれば、獲得した土地は直接秦の版図となると主張しました。

この献策は昭王に高く評価され、范雎は客卿に任命され、やがて秦の宰相となります。その後の秦は韓・魏・趙などへの圧力を強め、最終的に秦王政(始皇帝)の時代の統一へとつながっていきました。

原文:
王不如遠交而近攻
得寸則王之寸也 得尺亦王之尺也
今釋此而遠攻 不亦繆乎

書き下し文:
王は遠きを交えて近きを攻むるにかず。
すんを得ればすなわち王の寸なり。しゃくを得ればた王の尺なり。
れをてて遠きを攻むるは、あやまりにあらずや。

訳文:
王は遠方の国と親交を結び、近隣の国を攻めるのがよいでしょう。一寸の土地を得ればそれは王の一寸の領土となり、一尺の土地を得ればそれも王の一尺の領土となります。

それにもかかわらず、この方策を捨てて遠方ばかりを攻めるのは誤りではないでしょうか。

この「遠交而近攻」が後世に要約され、四字熟語の遠交近攻として定着しました。現代でも国際政治や企業経営において、協力関係と競争関係を使い分ける戦略思想として語られています。

戦国時代の策士たちに学ぶ関連故事

  • 睚眥之怨(がいさいのうらみ)范雎が受けた屈辱と復讐の逸話に由来する言葉。わずかな恨みでも忘れず報いようとする執念深さを表し、戦国時代の政争の激しさを物語る
  • 一士諤諤(いっしがくがく)|秦で変法を進めた商鞅に対し、趙良が迎合せず率直に諫言した逸話に基づき、多数の追従より一人の正論の重みを示す語
  • 一字千金(いちじせんきん)呂不韋が『呂氏春秋』を完成させ、その価値に絶対の自信を持って「一字でも改められれば千金を与える」と掲げた故事に由来
  • 延頸挙踵(えんけいきょしょう)呂不韋が活躍した激動の戦国時代、人々が首を長くして名君の出現を待ち望んだ状況を表現する言葉
  • 一上一下(いちじょういちげ)呂不韋が関わった『呂氏春秋』の思想を背景に、物事が上がれば下がり、満ちれば欠けるという変化の道理を示す語
  • 飲至策勲(いんしさっくん)魯の桓公が戦勝後に宗廟へ報告し功績を記録した故事。祖先への報告と論功行賞という礼制を描く
  • 允文允武(いんぶんいんぶ)魯の僖公に関する故事に由来し、文徳と武功を兼ね備えた理想的な君主像を表す
  • 雲雨巫山(うんうふざん)楚の懐王が夢の中で巫山の神女と契りを結び、神女が「朝には雲、夕には雨となって参りましょう」と告げた故事に由来し、男女の情愛を示す言葉

遠交近攻の類義語・対義語

類義語

遠交近攻と同じく、国家の存亡を左右する外交・軍事戦略を表す言葉です。

語句(かな) 意味
合従連衡(がっしょうれんこう) 外交同盟による勢力均衡策
離間策(りかんさく) 敵対勢力を分断する策略

対義語

遠交近攻が「敵味方を使い分けて勢力を拡大する戦略」であるのに対し、以下の語は争いを避け、協力や調和を重視する考え方を表します。

語句(かな) 意味
和衷共済(わちゅうきょうさい) 心を合わせ協力すること
協調外交(きょうちょうがいこう) 対立より協力を重視する外交姿勢

遠交近攻の英語表記

英語では次のように表現されます。

英語表現 意味
Befriend distant states and attack nearby ones 遠方と結び近隣を攻める
A strategy of distant alliance and nearby conquest 遠交近攻の戦略

なぜ秦は天下を統一できたのか|遠交近攻が示す戦略の本質

遠交近攻は『史記』范雎蔡沢列伝に見える范雎の献策に由来する四字熟語です。遠方の国とは友好関係を結び、近隣諸国を攻略するというこの戦略は、戦国時代の秦が勢力を拡大するうえで重要な指針となりました。

一見すると古代中国の軍略に見えますが、その本質は「敵と味方を見極め、自らに最も有利な順序で行動すること」にあります。そのため遠交近攻は、現代の外交や経営戦略、人間関係においても応用できる普遍的な知恵として語り継がれているのです。

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