
雲雨巫山(うんうふざん)は、中国戦国時代の辞賦(じふ)作家・宋玉の『高唐賦(こうとうのふ)』に由来する四字熟語です。
巫山に住む神女が楚王の夢に現れたという幻想的な故事から生まれた言葉で、後世には男女の情愛や契りを表す典故として広く用いられるようになりました。
中国文学や漢詩の世界では特に有名な故事の一つとして知られています。
雲雨巫山の意味|男女の情愛を表す故事成語
雲雨巫山(うんうふざん)とは、男女の情愛や契りを意味する四字熟語です。
夢の中に登場する巫山の神女が、「朝には雲となり、夕には雨となってここにまいりましょう」といった故事に由来します。
そこから「雲雨巫山」は、男女の深い結びつきや恋愛関係を象徴する言葉として用いられるようになりました。また、中国古典では男女の契りそのものだけでなく、男女の密会や情交を婉曲的に表現する語としても用いられます。
雲雨巫山の使い方と例文
雲雨巫山は主に漢詩や古典文学、格調高い文章表現の中で用いられます。現代の日常会話で使われることは少ないものの、男女の情愛を雅やかに表現する際に使用されます。
- 二人の恋物語は、まさに雲雨巫山を思わせる幻想的なものであった。
- 漢詩には雲雨巫山を題材とした作品が数多く見られる。
- その恋は雲雨巫山のように美しくも儚かった。
- 古典文学では雲雨巫山が男女の契りの象徴としてしばしば引用される。
雲雨巫山の語源・由来|『高唐賦』に描かれた巫山神女の故事

出典は宋玉(そうぎょく)の『高唐賦(こうとうのふ)』序です。宋玉は戦国時代末期の楚の文人・詩人で、天才詩人・屈原(くつげん)の後継者・弟子とされる人物です。
本作は、楚の襄王が高唐を訪れた際、宋玉が先王である懐王にまつわる伝説を語るという構成になっています。
原文:
昔者先王嘗遊高唐 怠而晝寢 夢見一婦人曰
「妾巫山之女也 為高唐之客 聞君遊高唐 願薦枕席」
王因幸之 去而辭曰
「妾在巫山之陽 高丘之阻 旦為朝雲 暮為行雨 朝朝暮暮 陽臺之下」書き下し文:
昔者、先王嘗て高唐に遊び、怠くして昼寝し、夢に一婦人を見て曰く、
「妾は巫山の女なり。高唐の客たり。
君の高唐に遊ぶを聞き、願わくは枕席を薦めん」と。
王因りて之を幸す。去りて辞して曰く、
「妾は巫山の陽、高丘の阻に在り。
旦には朝雲となり、暮れには行雨となる。
朝朝暮暮、陽台の下にあり。」と。訳文:
昔、楚の先王(懐王)がかつて高唐の館へと出かけられた。王が疲れて(物憂げになって)昼寝をされたところ、夢の中に一人の美しい女性が現れてこう言った。「私は巫山の娘でございます。今は高唐の賓客となっております。王様が高唐においでになったと聞き、お召しに預かって、夜伽(よとぎ)のお相手をさせていただきたいと存じます」
そこで王は彼女を寵愛され、一夜の契りを結ばれた。やがて女性は立ち去ろうとして、別れの言葉を告げてこう言った。
「私は巫山の南の、険しく切り立った山のふもとに住んでおります。朝には雲となり、夕暮れには雨となって、朝な夕なに、この陽台(高唐の館)の下を訪れることでしょう。」
四字熟語の語源となったのは、神女が語った
「旦為朝雲 暮為行雨(朝には雲となり、夕べには雨となる)」という一節です。
ここから後世の中国文学では、「雲雨」が男女の契りや情交を婉曲的に表す典故として定着しました。唐詩や宋詞では恋愛や男女関係を表現する際に頻繁に引用されるようになります。また、「巫山」は神女が住むとされた長江流域の名山です。巫山そのものに男女の意味があるわけではなく、神女伝説の舞台として有名になった地名です。
こうして「雲雨」と「巫山」が結びつき、「雲雨巫山」は男女の情愛を象徴する四字熟語として広く用いられるようになりました。唐詩や宋詞、日本の漢詩文にも大きな影響を与えた故事として知られています。
雲雨巫山とあわせて読みたい|春秋戦国時代の四字熟語
雲雨巫山は中国古典の故事から生まれた四字熟語です。歴史上の人物や逸話に由来する他の四字熟語を知ることで、中国古典への理解をさらに深めることができます。
一嚬一笑|韓の昭侯にまつわる君主統治の故事。為政者の振る舞いが国へ与える影響を示す- 一樹百穫|管仲の政治思想に由来する言葉です。人材育成や国家経営において、長期的な視点の重要性を説いた故事
- 一進一退|管仲に関する故事を背景とし、状況に応じて進退を調整する柔軟な判断力を表す
一薫一蕕|晋の献公と驪姫の逸話に由来します。善と悪は同じ場所には長く共存できないという教訓を示す- 一士諤諤|商鞅や張良に代表される直言の精神を表した語。忠臣による率直な諫言の価値を説く
- 衣履弊穿|荘子と魏の恵王の故事に由来し、物質的な豊かさよりも精神的自由を重んじる思想を表す
- 飲河満腹|堯と許由の故事から生まれた四字熟語で、人は必要以上を求めるべきではないという教訓を伝える
飲至策勲|魯の桓公が戦勝後に宗廟へ報告し功績を記録した故事。祖先への報告と論功行賞という礼制を描く- 允文允武|魯の僖公を称える『詩経』の言葉で、文徳と武勇を兼ね備えた理想的人物を表す
雲雨巫山の類義語・対義語
類義語
男女の情愛や契りを表す言葉が挙げられます。
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 巫山雲雨(ふざんうんう) | 雲雨巫山と同意 |
| 朝雲暮雨(ちょううんぼう) | 〃 |
| 巫山之夢(ふざんのゆめ) | 〃 |
対義語
男女の離別や禁欲を表す言葉が挙げられます。
| 語句(かな) | 意味 |
|---|---|
| 離合集散(りごうしゅうさん) | 人の離別と再会 |
| 生離死別(せいりしべつ) | 生き別れや死別 |
| 無欲恬淡(ふよくたいてん) | 欲がなく、物事に執着せず、心があっさりとしているさま |
| 清浄無垢(せいじょうむく) | 煩悩がなく、けがれが一切ないこと |
雲雨巫山の英語表記
中国古典特有の典故であるため、意訳によって表現されることが多い
| 英語表現 | 意味 |
|---|---|
| a romantic union symbolized by the clouds and rain of Mount Wu | 巫山の雲雨に象徴される男女の契り |
なぜ雲雨巫山は男女の契りの象徴となったのか
雲雨巫山は、宋玉の『高唐賦』に描かれた巫山の神女と楚の先王(懐王)の幻想的な邂逅に由来する四字熟語です。神女が語った「旦為朝雲 暮為行雨(朝には雲となり、夕べには雨となる)」という言葉から、「雲雨」は男女の契りや情愛を象徴する典故として広く知られるようになりました。
この故事は単なる恋愛譚ではなく、中国文学において恋慕や憧憬、儚い逢瀬を美しく表現する重要なモチーフとして受け継がれてきました。唐詩や宋詞、日本の漢詩文にも大きな影響を与えたことから、中国古典を代表する恋愛故事の一つといえるでしょう。
雲雨巫山という言葉を知ることで、古人が恋愛や男女の情愛をどのように表現したのか、その豊かな文学世界にも触れることができます。
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