刀鋸鼎鑊|命を賭して大義を貫いた張良の決意と覚悟

おもしろ四字熟語
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どんな困難にも耐え、目的のためには命を懸ける──

そんな覚悟を示す表現として語られることもある「刀鋸鼎鑊(とうきょていかく)」ですが、もともとは古代中国の極めて残酷な刑罰に用いられた道具を指す言葉です。

本記事では、この語句の本来の意味や語源を、『留侯論』に登場する張良の逸話を通じて深く掘り下げていきます。

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刀鋸鼎鑊の意味|古代の刑罰の道具、または苛烈な刑罰そのもの

「刀鋸鼎鑊(とうきょていかく)」とは、古代中国における極めて残酷な刑罰、またはその刑罰に用いられた道具を表す四字熟語です。構成する各語は本来、日常や調理などの用途もある道具ですが、刑罰にも用いられました。

  • 刀鋸:刃物とのこぎり。
  • 鼎(かなえ):三本足を持つ青銅製の大釜。祭祀や調理に使われるが、人を煮る刑罰にも転用された。
  • 鑊(にえがま):足のない大型の鍋。鼎と同様に本来は調理用だが、刑罰にも用いられた。

このような道具を象徴的に列挙した「刀鋸鼎鑊」という語は、刑具そのもの、またはその刑罰の残酷さを強調する比喩的な表現として、文学や思想の中でも用いられています。

刀鋸鼎鑊の使い方と例文|極刑の比喩表現として

この四字熟語は、極刑を象徴する比喩表現として文学的に用いられます。特に張良の逸話などでは、「そのような刑を受ける覚悟がある」という文脈で登場します。

  • 古代には刀鋸鼎鑊のごとき残虐な刑が実際に行われていた。
  • 彼の覚悟は、まさに刀鋸鼎鑊の苦しみすら受け入れるほどのものだった。
  • 蘇軾は張良の決意を刀鋸鼎鑊を恐れぬものと評した。

刀鋸鼎鑊の語源・由来|蘇軾『留侯論』と張良の覚悟

「刀鋸鼎鑊」という語句は、北宋の文人・政治家である蘇軾(そしょく)が著した人物論『留侯論』に登場します。蘇軾は漢の軍師・張良(ちょうりょう/字:子房)の人物像を通して、「義を重んじ、時機を見極めて大業を成す人の在り方」を論じました。

蘇軾がこの文章を記した背景には、自身が政争に巻き込まれ左遷・配流された経験があり、「逆境における義と行動の価値」を再考した思想があります。張良のように、信念を貫き、時を待ち、義をもって動く人物像は、蘇軾自身の理想像でもありました。

その『留侯論』の中で、張良がかつて語ったとされる次の一節に、「刀鋸鼎鑊」が明確に現れます。

原文:
良嘗謂人曰:「父仇不共戴天 今得其雠 為韓報仇 雖萬死不恨
使事不成 吾必死於刀鋸鼎鑊之下 義也」

書き下し文:
良、嘗て人に謂いて曰く、「父の仇は共に天を戴かず。今、その仇を得て、韓のために報讐せん。たとい万死するとも恨まず。
もし事成らざれば、吾は必ず刀鋸鼎鑊の下に死すべし。義なり」と。

訳文:
張良はかつて人に語った。「父の仇とは、この世で共に天を戴くことができないほどの憎しみの相手だ。いまその仇に報い、韓のために復讐を果たす。たとえ何度死んでも悔いはない。
もし失敗すれば、私は刀や鋸、煮え釜による極刑に処されるだろうが、それこそが義というものだ」と。

張良の父は、戦国時代末期の小国・韓の宰相でした。韓が秦によって滅ぼされた際に命を落としたとされており、張良はその喪失をきっかけに復讐を決意します。ただし、その復讐は私的なものにとどまらず、韓という祖国を滅ぼした秦への国家的な報復であり、「父仇」とは国家の恨を象徴する言葉として語られています。

「刀鋸鼎鑊」は、張良がその義に殉じる覚悟を語る場面に用いられ、命を懸けて義を貫こうとする決意を象徴する語句として、蘇軾の筆によって後世に残されたのです。

張良と劉邦に関わる故事・四字熟語|漢の興亡を彩った知略と決断

「刀鋸鼎鑊」に登場する張良は、劉邦とともに漢王朝の創建に尽力しました。以下に、張良やその主君・劉邦に関わる故事や四字熟語を、史実に基づいた視点で紹介します。

刀鋸鼎鑊の類義語・対義語|辞書に基づいた正確な選定

類義語

語句 意味
塗炭之苦(とたんのく) 泥にまみれ火に焼かれるような、極限の苦しみを受けるさま

対義語

語句 意味
平穏無事(へいおんぶじ) 穏やかで何の問題もない状態
寛仁大度(かんじんたいど) 寛大で慈悲深く、処罰よりも赦しを重んじる態度

刀鋸鼎鑊の英語表記|英訳とそのニュアンス

英語表記 意味
torture and execution 拷問および処刑
ancient capital punishment tools 古代の死刑用の道具

刀鋸鼎鑊が語る処刑具の残酷さと歴史に刻まれた覚悟

「刀鋸鼎鑊」は、古代中国における苛烈な処刑具を象徴する四字熟語です。

張良の逸話のように、その語が用いられる場面には、常に命を賭した覚悟や信義が伴っています。

この言葉を通じて、歴史に生きた人々の強い意志と、それを支えた時代背景を改めて知ることができるのではないでしょうか。

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